第8話 想い

 左門のスマホにはショップからのツアーお誘いメールが来ていた。日帰りだが月に1回、あちこちへ連れて行ってくれる便利なイベントだ。対象者が初心者~中級者なのでそれ程過酷なコースも少なく、女子にも人気だった。今月は海岸沿いを走り、約30キロ先にあるマリーナで海を見ながらのランチブッフェと言う如何にも女子向けのプランだった。こういうコースは夫婦やカップルで参加するのが楽しいだろうな。佳那にも生前何回も一緒に走ろうと声を掛けたのだが、その都度「お陽様は敵なのよ」にはばまれてきたのだ。


「栞、今度の日曜さ、マリーナまで走らない?」

「え?どこ?」

「えっと海沿いに30キロ程行った所にマリーナがあるんだ。ヨットとかプレジャーボートの港みたいな所だけどさ、そこまで走ってランチブッフェ」

「ランチブッフェってスイーツ食べ放題?」

「うん、多分スイーツも結構あるだろな」

「天国ってこと? でもパパ道とか知ってんの?」

「いや。サイクルショップのツアーだからちゃんと案内してもらえるよ。多分20人位は行くんじゃないかな?女性も多いと思うよ」


「じゃあ行く!あ、でも30キロって、あたし走れるかな」

「大丈夫だよ。海沿いだから坂ないし、こないだより片道で数キロ多いだけだから」

「ふうん。数キロって結構なハードルの気もするけど、スイーツ食べ放題の為なら頑張れるかも」

「大した引力だねえスイーツって」

「そう、生きるチカラはスイーツから って有名な格言があるのよ」

「誰の?」

「ほら、ここら辺で有名な高井改め西陣栞サン」

「あほくさ」

「あのね、女子にはとっても大切なエネルギー源なの。パパは解ってないと思うけど、女子っていろんなものと闇夜の闘いをしてるんだからね」

「はいはい」


 この栞の言葉があとあとの予言となることなど左門は思いもしなかった。本当に解っちゃいなかったのだ。


 日曜日は晴れ渡ったツーリング日和だった。左門には顔見知りのローディが次々声を掛けて来る。娘と参加することは伝えてあり、しかもその事情もやわっと伝えていたので常連の間で栞の噂は広まっていた。


「西陣さん、奥さん若返っちゃったの?」

「奥さんより手強いよ」

「どこが?」

 栞が横で左門をにらんでいる。


「ニッシー、お嬢さんが成人されたら是非オレに紹介してくれ」

「やだよ、虫が付くってそう言う事を言うんだよ」

「パパ、結構イケメン・・・」

栞がジャージを引っ張る。左門がこそっと答える。

「駄目だ、ああいうのに騙されちゃ。一番タチが悪いタイプだ」

「ええー、イケメンなのに」


「シオリちゃーん、お父様にいじめられたらいつでも言いな。弱みたくさん握ってるからさあ」

「はあい、よろしくお願いしまーす。できれば今一つくらいお分け頂ければ」

「こら、栞!それには対価が必要なんだ」

「ニッシーパパ恐いねえ、いいよ、あとでこっそりおすそ分けするから」


 栞は若さもあってオッサン達のアイドル状態だ。その分パパは大変。保護者とはこういうことを言うのか、左門は実感した。こりゃ道中も気が抜けんぞ。

この日集まった自転車は16台。半分は女子。そしてその大半は覆面チャリダー状態だった。


「パパ、あたしも顔隠した方が良さげ?」

「おまえはいいよ。まだ高校生なんだし、日焼け止めはつけたんだろ?」

「うん。そこは大丈夫。でもみんな年齢が判らない」

「まあな。多分栞が一番若いよ」

「じゃ、いろいろしなくちゃいけない?飲物運んだり」

「しなくていいよ。初めてなんだし俺の後をちゃんとついてくることが本日最大のミッションだ。OK?」

「ラジャ!」


 左門の言った通り、なるべく集落内の道を選んだこともあって坂道は少なく、一行は2時間ほどでマリーナに到着した。主催者がランチのチケットを配り、1時間半後の出発となった。まだマリンシーズンには若干早い事もあって、マリーナのブッフェレストランはほぼ貸切状態だ。左門と栞は折角だからと海の見えるテラス席を選んだ。栞は最初は足がどうの言っていたが、ブッフェを前にすっかり復活している。ったくスイーツコーナー何往復目だよ。帰り走れんのかよ。チョコフォンデュに鼻までつきそうな栞を遠目に眺め左門は溜息ついた。そこへ以前からのツーリング仲間である山室由良(やまむろ ゆら)がやって来た。左門より2歳年上の由良はまだ独身。モデルのようなルックスとスタイルでショップ仲間のマドンナだ。


「ニッシー、娘さんとあんまり仲良さそうなんで話かけるのも躊躇ためらっちゃったわよ」

「え、いや大変ですよ親って」

「へーえ、だって高校生でしょ、子どもじゃないじゃん」

「いやいやいや中身はまだ子どもですよ」


 遠くでは栞が何をしでかしたのか店の人にペコペコしている。


「そうかなあ。でもさ」

 由良は左門の目をのぞき込んで言った。

「娘って恋人じゃないから気をつけなさいよ。血が繋がってないだけにちょっと心配。変なことになるとみんなが不幸だよ」

 左門は咄嗟とっさに何も返せなかった。由良は続けた。

「ほら、ちょびっとだけ図星でしょ。駄目よアブノーマルは」


 その時栞がお皿を2枚抱えて戻ってきた。


「2枚目持とうとしたら1枚目が滑っちゃって、わらび餅をチョコだらけにしちゃった。あれ?」

「ああ、栞、こちら山室由良さん。以前からのツーリング仲間なんだ」

 左門は少し救われたように、紹介した。由良も微笑んで

「栞ちゃんなんだね。可愛いね。お父様、しっかり支えてあげてね。多分まだ完全に立ち直ってないから」

「は・はい、よろしくお願いします」

「じゃあ、お邪魔しました」


 由良は独身男子のテーブルへと戻って行った。左門は小さく溜息ついた。由良の目の中に何かが見えた気がしたのだ。

「パパ、あの人って、すごい人?」

「え?凄いって何?美人だし人気者だけど」

「ふうん。独身?」

「そうみたいだな。美人過ぎると誰も付き合えないのかなあ」

「ふうん。ま、いいや」


 栞は先程一瞬、由良の鋭い気のようなものを感じた。闇夜の闘いの予感がしたが、勝負になりそうにないし取り敢えず受け流すことにした。

「ほらこれパパの分。バナナと白玉だよ。わらび餅もフォンデュに合いそうなのになあ」

「はは、定番メニューになるかもな」


 栞は他に何名かのチャリダーとも仲良くなり、復路はみんなにまぎれて走った。どうせみんな同じところへ帰るのだ。特に心配する必要もないのだが左門はチクッと気になった。これも親の心配症なんだろうか。左門の小さな痛みは帰宅して栞と同時に「くったびれたあー」を叫ぶまで続いた。

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