第12話 由良の石

 由良について栞は気になる点があった。お母さんと同じ匂い、それは初めは何となく感じていただけだったのだが、こないだスーパーで偶然会ったとき、原因を確信したのだ。指のリングだ。あの色、模様、大きさまでお母さんのと似ている。栞は小さい頃からそのリングが嫌いだった。赤くてキラキラ。栞には血走った眼に見えて好きになれなかったのだ。お母さんが嫌だったのはあのリングが原点だったかもしれない。由良は自転車に乗る時はリングを外している。だからこれまで気づかなかったのだろう。何だろあれ。宝石?


 この街から川を上って行った付近はかつて鉱山として栄えたところだ。小学校の遠足で必ず行く定番ポイント。その手前に宝石神社がある。本当の名前は長ったらしく小難しいので、通称宝石神社と呼ばれている。そこで聞けば分かるかも知れない。ほら、闘いにはまず相手を知れと言うではないか。栞は学校からの帰りに駅前からバスに乗って神社に行ってみた。


 平日の宝石神社には訪れる人もなくがらんとしている。神社と言えば定番の、箒を手にして掃き掃除をしている宮司さんとか巫女さん、なのだがそれすら見当たらない。一応神社に来たわけだし、栞はまず手水を使った。階段を上り本殿に近づく。んー、誰も居ないな。取り敢えず参拝しよう。今日の首尾が上々でありますように。栞が手を合わせていると扉が開く音が聞こえた。顔を上げると本殿の並びにある『資料室』から白装束の宮司が出て来るところだった。栞は「取り敢えずお願いしますっ」と唱えるときびすを返した。


「あの、すみません」

「はい? あ、ようこそお参り」

「あの、ちょっと教えて欲しい事がありまして」


 50代位だろうか。銀行員と間違えそうな色白で細身に眼鏡をかけた宮司が歩を止めた。


「なんでしょうか?」

「石っていうか宝石の事なんですけど」

「ほう。ま、こちらへ」


 宮司は栞を社務所に誘った。


「パワーストーンとかですかね。この頃お嬢さん方から質問が多いんで」

「はい、近いです。あの、血みたいな赤でキラキラした大きな石のリングを付けている人が居るんですけど、私、それが気になって、きっと変なパワーストーンじゃないかと思うんです。どんなパワーなのかなって」

「ふうん。キラキラした赤ね。ここは宝石屋さんじゃないから専門的な事は判らないけど、勝負運を高める石じゃないかなあ。ちょっと攻撃的っていうかパワーアップを図る源泉っていうか」

「それが他人に影響を与えることってありますか?」

「うーん、基本的には付ける人の話ですからね。よりパワーを貰って積極的になれるようにって意味ですからね」

「じゃあ、フラフラしてるとやられちゃう?」

「はっはっは」


 宮司は目を細めて栞を見つめた。そして優しく微笑むと聞いた。


恋敵こいがたきが付けてるんですか?」

 栞は一瞬心がズキッとしたが慌てて否定した。

「違います!大人の人なんで」

恋じゃないよ、親子愛だよ、でも似ていなくもない。

「石の力って、自分自身の気とか力を上手く整流するためのものですから、それを付けてるからって本当にパワーアップするものではないと思いますね。気は力とも言うでしょう?」

「はい」

「ま、一種の気休めかな?なんて言うと宝石屋さんに怒られるけど」

「はい。あの、でもそれに対抗するって言うか、中和させるような石ってありますか?」

「はは、やっぱ、気になるんですね。そうですねえ、炎に対する水のような石がいいんじゃないですか?気を受け流してくれるような淡いブルーとか。いさめちゃうと却ってこじれたりしますから、かるーくすーっと流す感じかな」

「淡いブルーの石ですか」

「うん。それこそ宝石屋さんの方が詳しいですよ。あ、ちょっと待ってね」


 宮司は社務所の奥に引っ込むと、やがて喋りながら巫女を連れてきた。

年の頃は30代の色白の人だ。


「そういうのはこの人がプロだから。宝石神社の伝説の巫女さんなんですよ」

 栞はポカンと巫女を見上げた。

「恋敵に対抗する石を彼氏に持たせたいんだって?」

 巫女はにっこりした。

「いや、そうじゃないんですけど」

 栞はまた慌てて否定した。

「ま、いいじゃない。青春だねえ。で、普通赤いリングっていうとルビーじゃないのかな。勝負師がブレスレットにしたりするから。それで中和って訳じゃないけど、癒し系ならブルーレースアゲートかな」

「ぶるーれーすあげーと?」

「うん。きれいな水色のメノウなのよ。高くないよ。バラ売りだったらこん位ので一つ500円位かな」

 巫女は指で小さい輪っかを作って見せた。

「それなら、あたしでも買えます」

「でしょ?可愛い袋でも作って、一粒入れてさ、彼氏に持たせておけば恋敵からも安心よ」

 巫女は栞にウィンクした。わ、巫女さんってチャーミング。


 最後まで誤解は解けなかったが、思った以上の収穫だ。栞は満足だった。ここは一気呵成いっきかせいに・・・と栞はバスを降りて駅前商店街に入った。初めて入るジュエリーショップ。ちょっとドキドキだ。


「いらっしゃいませ」

 黒いスーツのきりっとしたお姉さんが出て来る。

「あの、ブルーレースアゲートを一粒欲しいんですけど」

 お姉さんは軽く微笑んだ。おう、妹みたいなのが可愛いこと言ってる、そんな風な微笑みだ。

「少々お待ち下さいね」

 栞が丸い椅子に腰かけて待っているとお姉さんがトレイを持って戻ってきた。

「こちらですね。バラでいいんですね?」

「はい」

 そこにはまあるい、水色というよりラベンダーに近い色の清楚な石がころころしていた。栞は比較的大きい一つを指して

「あの、これ」

「はい。かしこまりました。お一つで宜しいですか?」

「はい。すみません」

「いいんですよ。プレゼントか何かですか?」

「ええまあ」

「じゃ、可愛いのにラッピングしておきますね」

「あ・有難うございます」


 生まれて初めて宝石買っちゃった!税込400円だけど。帰宅後、栞は袋を物色した。こんな時のために取ってある各種ポーチ。

 殆どお守りみたいな大きさの小さいポーチに一粒のブルーレースアゲートを入れてしっかり密封する。で、これを…栞は駐輪場へ行って左門のSCOTTのサドルバックとシートポストの間にくくり付けた。サドルのレールを使い、狭い所に押し込んだので結構カッチリはまった。これでよし!怪盗、いや泥棒ルビーへの結界完成だ。


 その頃、宝石神社では宮司が社務所の戸締りをしていた。資料室の扉も鍵を掛けた。これでよし。風になび紙垂しでを見上げて宮司は呟いた。


「それにしても大きくなった。ま、小学校の遠足以来だからな」

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