第26話 連絡

 バイトが定休日の夕方、突然電話が鳴った。イエデンなんて珍しい・・・ 栞は受話器を取った。


「はい、西陣です」

「栞かい? お父さんだよ」


 え?


 栞の体温は一気に下がり、頭は真っ白に凍結した。うそ、黄泉よみの国からの電話? 


「もしもーし、栞、聞こえてる?」


 やっぱりあの声だ。お父さん。お父さんの声だ。栞は恐々聞いた。


「本当にお父さん?」

「そうだよ。びっくりさせて済まない。放りっぱなしで本当にごめん」

「お父さん、どこに居るの?何してるの?生きてるんだよね?近くにいるの?」


 栞の体温は一転して急上昇し、せきを切ったように言葉が溢れてきた。


「近くじゃないんだけど、栞、大事なことで電話したんだ。やっと電話できるようになったんだ」

「うん、あの、でもお父さん、どうしよう、新しいお父さんがいるの」

「知ってるよ。西陣左門さんだろ。知ってるから電話したんだよ。多分今は仕事中だろ。栞しかいないと思って掛けたんだ。もし左門さんが出たら間違えましたって切るつもりだった」


 栞の目には涙が溢れてきたが、相変わらず飄々ひょうひょうとした忠興の声に微笑みが浮かんだ。やっぱ、お父さんだ。


「栞、よく聞いてくれ。お父さんは今度左門さんと会うつもりだ。栞を僕の娘に戻すために」


 栞は何も言えない。それは仕方ないことだ。だって本当のお父さんだもの。パパとずっと一緒にいることは許されないって判ってた。これ以上パパに迷惑はかけられない。


「栞、お父さんは自分の娘を不幸にはしたくない。放りっぱなしで何の連絡もしなかったから栞には何を言われても、どう思われても仕方ないことだとは思う。でもな、お父さんを信じてくれ。ようやくこういう事が言えるようになったんだ」


「うん」


 栞は絞り出すように言った。


「それで栞、この電話の事はまだ左門さんには言わないでくれ。お父さんからきちんと電話するから」

「解った」

「左門さんに会ってから、多分近いうちに栞を迎えに行く。準備しておいてくれ。それと戸籍の変更が必要になる。書類に記名したり捺印したりしなくちゃいけないんだけど、西陣さんとして栞がそれをやって欲しいんだ。こんな事を左門さんにさせる訳に行かない。だから印鑑を預かって欲しいんだ」

「うん、解かった」

「栞も思うところはあるだろうけど、みんなお父さんに任せてくれ」

「うん」

「じゃまたな。元気そうで本当に良かった」


 電話は切れた。稲妻が100連発落ちたようだった。パパとは最近微妙になっちゃったし、このタイミングでこの電話って、やっぱりこういう運命だったんだ。栞は幼い頃を思い出した。いつも肩車してくれたお父さん、その大きい肩を思い出す。そうだ、心配ない、大丈夫だ。また再出発、それだけの事だ。



 左門の携帯が鳴ったのはその数日後、市役所からだった。


「西陣左門さんですか?こちら市役所です。以前、戸籍変更でお話し伺ったものです」

「はいはい、何ですか急に」

「えーっと実はこちらの方にですね、高井忠興と言う人があなたに連絡したいと言って来てるんですよ。でも勝手に連絡先を教える訳に行かないからもし西陣さんがOKなら、お手数ですけど西陣さんから連絡を入れて頂けませんか?その高井さんって方は名前を言えば恐らく判って頂けると仰ってるんですよ。連絡先はね 070-・・・です。要件はね、娘の件でとの事です。駄目ならこちらから断りますけどいいですか? あ、じゃあよろしくお願いします」


 曖昧に答えた左門を置き去りに電話は切れた。高井,娘の件・・・。 


 ついに来るべきものが来た。いつかは来るんじゃないかと恐れてた一言だ。思い起こせば、栞が転がり込んできた夜、栞はお父さんに会いたいとトイレで泣いていたっけ。栞にとって本当の父親はやはり一人しかいない。高井忠興がどんな男か解らないが、先日の失言もある。汚名を返上すべく、心を突き固めて左門は070-・・・をコールした。


「はい、高井です」

「あの、西陣と申します。ご連絡が必要と市役所から聞きまして電話した次第です」

「ああ、わざわざ申し訳ありません」


 低くよく通る声が返って来た。


「栞の件です」


 スマホを握る左門の手は緊張で汗ばんだ。

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