十八話 毒花と彼女の鳥

「お前が雇った、あのならず者達……。余計な事を吐く前に、きちんと始末したんでしょうね?」


 自身の爪を磨きながら、女はけだるげな口調で壁際にたたずむ若い男に問いかけた。


「はい。一人は騎士団に捕縛されたようですが、そちらは貴女様の崇拝者が、手にかけてくれたようです」


 もっとも、その哀れな崇拝者は気が触れたとして、居合わせた騎士に斬られたようですが……と続けられた言葉に、女は赤い唇を持ち上げ、蠱惑的な笑みを浮かべることで答えた。


「――馬鹿な男です。触れてはいけないものに触れたばかりに、自ら命を捨てる羽目になった」

「あら、でもその騎士はきっと死の瞬間まで、この世で一番幸せな男だったと思うわよ。……たとえ一時であっても、このわたくしに触れる事が出来たのだから」

「だから、馬鹿なのですよ。……貴女様は、決して触れてはならぬ、尊きお方であるのに、欲に負けた」

「だから、最後によい仕事をしてくれたんじゃない」

 

 悪びれない女は、白く細い――傷一つ無い手を、男の方へねだるように伸ばした。 


「……でも、これ以上は待てないわ。わたくしは、我慢が大嫌いなの。……賢いお前なら、分かるでしょう?」

「心得ております、美しい方」


 男が意を汲んで近付いてくると、女は撫でるように男の頬から顎にかけて指を滑らせた。

 その、誘うような手つきにも、男の表情は変わらない。

 ただ、静かに笑みを浮かべているだけだ。


「あの身の程知らずの女も、あの女が産んだ邪魔者達もそう。最後の一匹は片付けるのに手間取ってしまったけれど――うふふふ」

「望みの成就は、目前」

「そうね。……お前は本当によくやってくれたわ……あの陰気な小娘の愛人だなんて、不名誉な呼び名にも耐えて。……庇ってあげられなかったわたくしを、許してね? わたくしだって、辛かったのだから」

「もちろんでございます」


 男は先ほどから笑みの形を一切崩さない。些細な変化すらないのだ。仮面のようにピタリと、その笑顔は男の顔に、はまっている。


 けれども、女はそのことに気付いた様子も無く、甘えるようにすり寄ると、唇を求めた。


「お前は、もうずっと、わたくしのものなのに、あんな――」


 徐々に熱を帯びていく女とは違い、男は求めに答えながらも笑みを浮かべたまま。


「望みのためには、致し方ありません。全ては、覚悟の上」

「まぁ……! お前はなんていじらしいのかしら……!」 


 男と女、二人の唇がしっかりと重なった。

 目を瞑り、身を委ねながらうっとりと口づけに酔う女を抱きながら、閉じられることの無い男の目は冷ややかだった。


「あぁ、はやくあれを片付けて、わたくしの元へ戻ってきてちょうだい、ヨハン……!」


 口づけの合間、上擦った声でねだる女に、男は寸分の狂いも無い笑顔で答えた。


「全ては望みのままに……、王妃様」

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