二十七話 彼女は眠り、王子は生きる
五年前の事件、あれを今更白日の下にさらす事は不可能だ。だが、人の噂には上がるだろう。
特に、王妃が自ら殺したと叫んでしまったのだ。そして、その王妃は乞われるがまま自国に嫁いだ国の情報を渡していたのだから、今は立場も危うい。
事態に気が付いた王達が、わざと情報を漏らさなければ、事はもっと深刻になっていただろう。本当に隠したい情報は、わざと与えた情報によって上手く隠すことが出来た。
「それも、全てヨハンのおかげだ」
ヨハンが残した手紙をサイネリアから受け取った王は、ぽつりと呟いた。
サイネリアは黙って頭を下げる。
王の話では、ヨハンは長い間、王の間諜として動いていたのだという。王妃に近付いたヨハンは、自分は王妃の物だと信じ込ませるまでに至った。隠れ姫を狙ったあれこれも、懐近くまで迫っていたヨハンだからこそ、他者の介入なく自由に画策できたのだ。
「ヨハンは、どうしてもそなたを王にしたかったようだ。隠れ姫の真実にしても、そうだ。……立ち直るまで、待って欲しいと。サイネリア、そなたは必ず、自分の足で立ち上がるからと」
あれほどまでに激怒していた彼と、王が語る彼。二つ合わせてしまえば、印象はまるでチグハグだ。
――ヨハンの心が、よく分からない。
けれど、分からないのが普通なのだと、マローネは思う。
人には裏と表がある。そう言っていたのは彼自身なのだから、きっとサフィニアに対する思いも、サイネリアを思って口にしたであろう王への進言も……全てが、ヨハンの真実なのだ。
複雑に混じり合った彼の思いは、もしかしたら、愛憎と呼べるものだったのかもしれない。
「――それで、サイネリアよ」
「はい」
「……もう、良いのか」
何が、とは王は言わない。けれど、サイネリアは言葉が意味するものを察して、頷いた。
「大切なものを、失いました。――立ち上がるのが、遅すぎました」
「…………うむ」
「ですが、もう、何も失いたくはありません。失わないために、今度は守り抜くために、俺は俺でありたいと思います」
サイネリアは、初めて膝をついた。
「サフィニアを、眠らせること。そして、隠れ姫が、再び貴方の息子を名乗ることを、どうかお許し下さい、陛下」
「――そなたは、理由はどうであれ、姫の格好で隠れていた臆病者だ。向けられる目に、好意的な物はないぞ。誰もが否定的な見方をするだろう」
「はい」
「ましてや、すでにこの国には王子がいる。そなたが名乗りを上げることは、決して好ましい事ではない」
「分かっています」
「命を狙われる事も、覚悟した方が良いだろう。――そして、逃げ場はもう、どこにもない。そなたは、それでも余の息子を名乗るか?」
サイネリアは、頷いた。
「お許しいただけるな、是非に」
「……そうか。ならば、好きにしろ。……今更どうこう言わずとも、そなたは生まれたときから、余の息子だ」
「――父上……」
「サフィニアを弔い、これからはサイネリアと再び名乗るがいい。良く生きろ、息子よ」
ふと息をついた王は、どこか安堵しているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます