八話 同期はいつも手厳しい

「三人、ねぇ~」


 事の次第を聞いた騎士が二人、サフィニアの屋敷にやって来て、中庭を見回すと渋い顔をした。

 少し離れた場所では、事切れた襲撃者三人が、袋に詰められて運び出されている最中で、ヨハンが指示を出している。それを視界の隅にとらえながら、マローネは目の前にいる相手に頷いた。


「はい」

「やぁねぇ、もう。城の警備をすり抜けて中に入ってこれるなんて、どれだけの手練れかと思ったら、素人に毛が生えた程度じゃ無いのぉ。よく、三人だけで侵入できたわね」


 ひときわ大柄な金髪の男が、背格好に似合わぬ口調で言った。


「はい。それで――」

「なにが、はいだ。馬鹿マロめっ!」


 神妙な顔で頷いて、さらに話を続けようとしたマローネだったが、苛立ったような声が、話の続きを遮った。

 マローネは、顔をしかめてそちらに視線をむける。


「……エスティ……」


 げんなりした呼びかけに対し、気位が高そうな面構えの少年が、鼻を鳴らした。


「ふん、なんだその情けない顔は? 一人は生かして捕まえるのは、常識だろうが。三人とも殺すなんて、無能のする事だ。お前のせいで、大事な情報を引き出せないじゃないか」


 きゃんきゃんと吠えかかってくるエスティに、マローネはますます顔をしかめる。

 このエスティ少年は、マローネと同期生である騎士なのだが、出会った時からこんな性格だった。

 彼は由緒正しい家柄出身である。自己紹介の時に自分で言っていた。

 いわばエスティは生粋の貴族なのだが、同期生達の間では、彼の家柄など大して問題にされていない。


 エスティを語る上で重要なのは、その口うるささだ。


 エスティは口うるさい、紹介文なぞこの一言で終わる。家柄云々なんぞ、なんならすっ飛ばしても構わない……と言うのが、同期生達の共通認識だ。

 その上、彼はマローネの何が気に食わないのか、事が起こるたびに突っかかってくる相手だから、厄介なのだ。


 今回も、事件の一報を受けての最初の言葉が「馬鹿マロ」から始まった。

 以降いつまでも――それこそ、現場に来てからも、思い出したようにぐちぐちと繰り返しては痛いところを突いてくる。


「こら、いい加減にしなさい、エスティ君」


 共にやってきた大柄な騎士にたしなめられても、止まらない。生憎、エスティは素直に引くような可愛い性格の持ち主でも無いのだ。本当に、厄介が二重になっているような相手である。


「ジェフリー副団長も、そう思っているくせに。はっきり言ってやればいいんだ、この馬鹿に」


 腕を組み、横柄な態度で副団長ジェフリーまで焚きつけようとする始末。


(うぅ……。さすがエスティ。短期間で、そうそう性格が変わるわけがないとは思ってましたが……。まさか、口うるささに磨きがかかってるとは思わなかったです……!)


 止めなさいと、再度ジェフリーにやんわり制止されたエスティは、今度はじろじろとマローネの顔を睨め付ける。


「……その髪……」


 苦々しく呟くと、きつい眼差しでマローネの肩口辺りを注視していた。

 その表情は、苦い物でも食べたかのような、しかめっ面だ。

 マローネは、不自然に黙ったエスティに凝視され続けるのも居心地が悪いため、声をかける。


「……何ですか?」

「……何ですか、だと? それはこっちの台詞だ、馬鹿マロ! なんだその髪? あのチンピラ共にやられたのか? だとしたら、間抜けもいいところだ!」


 苛立ちが最高潮に達したのか、エスティの語気が荒くなる。

 情報を引き出す前に、三人とも死んでしまったのだから、彼が怒るのはある意味当然のことだ。生きた情報を手に入れる手段が潰えたという事は、捜査に倍の手間がかかるのだから。

 マローネは自省した。

 実際、言い訳できない不手際だったと言う自覚がある。

 ぐっと押し黙るしかないマローネに、エスティはふんぞり返った上から目線で「馬鹿マロめ」と繰り返す。

 そうしていると、片付けを終えたヨハンが、申し訳なさそうに――けれど、有無を言わさぬ強引さで口を挟んだ。


「あー……ちょっと待ってくれますか? 彼女は、きちんと一人生かしていましたよ。俺が後から駆け付けたもので、状況を読めないまま斬ってしまったんです。落ち度は、俺にあります」

「……貴様は?」

「申し遅れました。使用人の、ヨハンと申します」


 会話に割って入ってきたヨハンを、胡散臭そうに一瞥したエスティは、名乗りを聞くなり鼻で笑った。


「なんだ。隠れ姫の愛人か」


 サフィニアの元へ、唯一留まっている若い異性の使用人。その関係を邪推した者の一部は、ヨハンをそう呼ぶ。

 エスティは、手間をかけさせられる事への意趣返しだったのかもしれないが、ヨハンは欠片の動揺も見せず笑顔で言い返した。


「おや、王家の剣である騎士が、根も葉もない噂話を信じているとは……傑作ですね」

 

 逆に、エスティが不快そうに顔をゆがめる事となる。


「言葉が過ぎるわよ、エスティ」


 ジェフリーと呼ばれた大柄な騎士にたしなめられた彼は、しかし素直に謝罪する性格の持ち主では無く、「ふん」とそっぽをむいただけだった。

 その態度に収まりが付かないのは、マローネだ。

 自分の手落ちを責めるのはいい。彼の言い分は正当だと、理解できるから。

 だが、ヨハンに対する態度と、サフィニアを軽んじるような言葉は、看過できなかった。


「…………エスティ……!」


 自分の横であらぬ方を向き、ふてぶてしい態度を改めない同期。

 彼の名前を、今度は怒りを込めて呼ぶ。そして、反応を待たずにそのスネを、思い切り蹴った。


「この、無礼者!」

「――痛っ! おい! いきなりスネを蹴る奴があるか!」

「黙りなさい! よくもサフィニア様の屋敷に来て、サフィニア様とヨハン殿を侮辱する発言が出来ますね! このっ!」

「だから、痛い! 何度も蹴るな! えぇいっ、足癖の悪い女め!」


 げしげしと蹴りつけてくるマローネから逃げるように、エスティはジェフリーを間に挟む。しかし、反対側から顔を出し、マローネを睨む辺り反省はしていない。


「この、隠れ姫信者めっ!」


 と、マローネにとっては痛くもかゆくも無い、それこそ悪口にすらならない、ただの事実を叫んでくる。


「サフィニア様は、慈悲深く寛容であり、その上、凜とした佇まいがお美しい――とにかく、もう、素晴らしい方ですよ! 崇め奉るのは、当然でしょう!」


 なので、ごくごく普通に当たり前の事を語ってやれば、エスティは聞きたくないとばかりに激しく首を左右に振り、「やめろ」と叫んだ。


「なにをですか?」

「全てだ、全て! 何度も言うが、自覚しろ! その過剰な信者っぷりが、毎度毎度気持ち悪いんだと! ――押しかけ騎士になって、少しは沈静化したと思ったのに……。落ち着くどころか、悪化してるじゃないか!」

「悪化? 失礼な、これは進化です! わたしの忠誠心は、絶えず深まり、情熱に溢れているんです! 昨日より今日、今日より明日と、日々敬愛の念が増すのは、騎士として当然の事でしょう!」

「その、無駄な決め顔をやめろ! いいことを言ってやった、みたいな得意げな顔だけどな、そんな気色の悪い当然、あってたまるか! 僕は御免被るぞ!」


 やいのやいの言い合う二人に、ジェフリーはため息をついた。


「まったく。この二人、素質は抜きん出てるのに……。揃うと、どうしてこう、お子様化が進むのかしら……。ごめんなさいねぇ、ヨハン殿ぉ。エスティ君の口が過ぎて」

「いいえ。うちの騎士様が、しっかり仕返ししてくれたので、溜飲も下がりました」

「あら、そう? マロちゃん、上手くやれてるようで、安心したわ。……襲撃犯の方は、こっちの方で調べるから、安心してちょうだい。……それともう一つ、屋敷の方に警備を回すように打診はしてみるけど……」


 言葉を濁したジェフリーに対して、ヨハンは分かっていると苦笑して頷いた。

 マローネも、エスティを放り出し、じっと二人の話に耳を傾ける。すると、ムッとしたエスティが「おい」と、ぶっきらぼうにマローネを呼んだ。


「馬鹿マロ。ジェフリー……副団長の言う通りだ。――隠れ姫は、に疎まれている。警備を回すと騎士団側が申し出ても、すんなり通るとは思えないぞ」

「分かっています」


 マローネも、規定通りに事は運ばないとは思っていた。

 出来るのならば、こんな一件が起こる前に、サフィニアの元には騎士や使用人が、もっと大勢集まっていたはずだ。


 今回の一件は、騎士達にとっても、自分たちの警備の隙を突かれた形であり、恥をかかされたも同然だ。普通なら、犯人捜しにいきり立つ者がいるだろうが……。


「……この一件、すでにもみ消される一歩手前だ。箝口令が敷かれた」

「やっぱり……」


 そんなことが可能なのは、騎士団を押さえつけられる程の権力を有している人間だけ。

 マローネの脳裏に浮かんだのは、一人だけだ。


(王妃様……)


 けれど、証拠がない。証拠が無ければ、王妃という立場にある人間を糾弾することは出来ない。


「……気をつけろ。隠れ姫の騎士になると言うことは、あらゆるものを、瞬時に敵に回すと言うことだ」

 

 それまでのツンケンした様子を一変させ、エスティは真剣な表情でマローネを案じた。


「――覚悟の上です」

「…………そうか」


 さて、ヨハン達の所に行って、もっと詳しく話し合わなくてはと動き出そうとしたマローネの手を、引き留めるようにエスティが握った。


「なんですか?」

「……」


 睨むような顔で、エスティはマローネに顔を寄せると耳打ちした。


「何かあれば、言え。……気が向いたら、力になってやる」

「――えっ」


 ぱっと、すぐに身を離したエスティはマローネの驚きの視線に対し、底意地の悪そうな嘲笑で答えた。


「その馬鹿面で、僕を見るな。こっちの知能まで下がる気がして、頭が痛くなってくる」


 直前の言葉は、嘘か聞き間違いでは無いかと思うほどの変わり身だ。

 だが、それが表だって力になるとは言えないエスティなりの優しさだと理解したマローネは、笑った。


「ありがとう、エスティ。その憎まれ口は、激励として受け止めておきます」

「…………ふん」


 鼻を鳴らしたエスティは、足早に歩き出す。


「あら、エスティ君。どこへ行くの?」

「僕はもう、戻る! 馬鹿マロの間抜けた顔を見ていたら、頭痛がしてきた!」


 ずんずんと歩いて行くその後ろ姿は、ともすれば怒っているように見えるだろう。それまでの言動から、鼻持ちならない奴だと思われかねないが――。


「もう、自分から来たいっていったくせに、相変わらずねぇ」

「エスティが? 自分から、ですか?」

「えぇ、そうよ。珍しいわよねぇ、マロちゃん」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ片目を瞑るジェフリーには、全てお見通しだったようだ。


「エスティと、副団長。お二人の気遣いに、感謝します」

「気にしなくて良いわよ。仕事なんだから。……これからも頑張りなさいよぉ、マロちゃん。アンタはもう、立派な騎士なんだからね」

「はい!」

「よし、いい笑顔!」


 ヨハンは、二人のやり取りを笑顔で見ている。


「おちびちゃんは、正直、よくやってくれてます」

「あら、ほんとぉ? それなら、安心よ。……またね、マロちゃん」


 ひらひらと厚い手を軽やかに振り、去って行くジェフリーを見送りながら、ヨハンはマローネの頭に手を置いた。


「いい方だね」

「はい! ジェフリー副団長は、とても人格者なのです!」


 慕う副団長は、その口調のせいで変わり者扱いされ、侮られやすい。なので、ヨハンが態度を変えず、なおかつジェフリーを褒めてくれた事が嬉しくて、マローネは満面の笑みで頷いた。


「お料理も上手だし、繕いも上手です。団長なんて、ボタン付けはいつも副団長にしか頼みません」

「え?」

「たまに訓練場にお菓子を差し入れてくれるんですか、それがまたおいしくて、可愛くて、大人気なんですよ」


 特に、動物クッキーのウサギとネコが人気ですと教えると、ヨハンは困惑した顔で頬をかいた。


「…………えー? 騎士団の副団長って、つまりは、みんなのお母さん的な?」

「はい? なんの話ですか?」

「いや、今のどう聞いても、うちの母ちゃんすごいんだよーって言う、子供の自慢にしか聞こえなかったから」


 ぽんぽん、と頭に乗せられた手が動く。


「また、馬鹿にしていますね!」

「してない、してない。おちびちゃんは、ホント、いい子だなーと思っただけだよ」

「…………その言い方が、もうすでに馬鹿にしていませんか?」

「してません。あのね、人の事を素直に受け入れて、相手の良いところを見つける。……これって、簡単に見えるけど結構難しいんだよ」


 でもね、とヨハンはマローネの頭から手を下ろすと、目線を合わせるようにかがんだ。


「肯定するだけなら、それは盲目と同じだ。美点しか無い人間なんて、この世に存在しないんだから」

「…………」

「いまは、理解しなくて良いよ。ただ、覚えておいてくれればいい。人は、裏と表を使い分けで生きてるってね」

「ヨハン殿も、ですか?」


 マローネの何気ない問いに、ヨハンは息をのむと、痛いところを突かれたと眉尻を下げ笑った。


「かもね。…………俺も、アイツも……」


 アイツとは誰の事だと聞く事は、出来なかった。

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