七話 襲撃と恋心と
ヨハンは、異常な事態を察して、急いで駆け付けてきたのだろうか?
遠目からでも、中庭の様子を確認していたのかもしれない。
だから、情報を引き出していることには気づかなかったのだろう。
彼が、背後から最後の一人を剣で突いたのだ。
死の恐怖から逃れるために、貴重な情報を喋ってくれた男は、皮肉なことに死ぬことで解放された。
「一体これは、どういう状況ですか? 男が……三人? 本日、来客の予定があるとは伺ってませんがね」
「サフィニア様の命を狙っていた、犯罪者です」
マローネが男達の正体を口にすると、ヨハンは難しい顔で分かっていると頷く。
「ここだって、一応は城の敷地内だ。それなのに、こんなに簡単に侵入を許すなんて、誰かの手引きがあったとしか……」
「ヨハン、滅多なことを口にしてはいけません」
「――ですね、失礼しました」
サフィニアが遮ると、ヨハンも口が過ぎたと思ったのか頭を下げた。
「とにかく、さっさと城側の警備連中に連絡して、片付けて貰いましょう。……見てて気分の良い物じゃ無い」
「そうですね」
頷いたサフィニアは、マローネを見た。お前はどうするのだと問われたような気がしたマローネは、屋敷の中へ入るようにサフィニアを促す。
「サフィニア様は、お疲れでしょうから、中でお休み下さい。わたしは、目撃者として、これから来る騎士達に一部始終を伝えなくてはいけないので、ここで待機しております」
「ならば、私もここにいます」
「えっ?」
「はぁ?」
マローネのみならず、ヨハンも疑問の声を上げた。しかし、サフィニアはツンとそっぽを向くだけで、動く気配が無い。
「貴方は、その髪で城から来る騎士や兵士に会うつもりですか? みっともない」
「――あ、そういえば、その髪どうしたんだい? こいつらにやられたのか?」
ヨハンも、今気付いたとばかりに、マローネのざんばら髪に注目した。普段は人好きのする笑みを浮かべているのに、憤慨した様子で目を吊り上げ転がっている亡骸に視線を向けた。
「違います」
「違う? ……別に、庇う必要なんてないんだよ? 女の子の髪を、こんな粗末に扱うなんて――酷い奴らだ」
見当違いの怒りを覚えているヨハンは、眉間に皺を寄せたままマローネの不揃いな髪に手を伸ばした。
その手が毛先に触れる直前、パシンと皮膚を叩く乾いた音が響く。
「…………」
「――」
マローネが何かしたわけでは無い。二人の間に立ったサフィニアにより、ヨハンの手はマローネに届く前に叩き落とされたのだ。
サフィニアとヨハンは、互いに言葉も無く見つめ合っている。
(…………あれ?)
目と目で会話しているのか、二人の視線は絡まったままだ。
(もしかして…………)
ふと、ヨハンの方が困ったように笑い、ひらひらと手を振った。
「はいはい。分かりました。不用意に触りませんよ」
「当然です。おちびさんは、なりは小さくても女性なのですから、男が不躾に手を伸ばすものではありません」
「……独占欲、強ぇ」
「何か?」
「いいえ。なんでもありません、サフィニア様!」
サフィニアから睨まれると、大げさに身をすくめるヨハン。
二人のやり取りは、気安い。
マローネは今までずっと、サフィニアがヨハンを重宝しているのは、気心の知れた幼なじみだからだと思っていたのだが……。
(サフィニア様は、もしかして、ヨハン殿の事が……!)
会話を聞く限り、サフィニアがヨハンの手を払いのけたのは他の女に触らないで欲しいという嫉妬心から。いきなり手を叩かれたというのに、ヨハンが苦笑にとどまっているのは、自分の迂闊さに気付いたからだろうか。サフィニアの思いには気付いているが、身分差があるから知らない振りをしている――。
(有り得る!)
それは、マローネにとって、さながら天啓の如きひらめきだった。
「ヨハン殿!」
「は? どうしたんだい、大きな声だして?」
突然呼びかけられて驚いたものの、すぐに人好きのする笑顔で応える如才ない青年に、マローネは愛想良く言った。
」
「わたしは、ひとっ走り行って警備の兵に事の次第を伝えてきますので、貴方は屋敷の中に入り、サフィニア様のおそばについて下さい!」
「え? いや、俺が行くから……」
「おかまいなく! では、サフィニア様、行って参ります!」
マローネは走り出した。後ろでサフィニアが呼び止める声が聞こえたが、あえて止まらなかった。
サフィニアがヨハンを好きなら、不安な時こそ傍にいて欲しいはずだ。
だから、あんな血なまぐさい中庭にも残ると言い出したに違いない。
少しでも、好きな人の傍に居たいから。少しでも、安心したいから。
マローネは、そんな主の望みを叶えたかった。
(喜んでくれたでしょうか? 安心できたでしょうか? お命を狙われたんですから、怖かったに決まってます。……思い人であるヨハン殿と一緒に居れば、その恐怖心も和らぎますよね、きっと……!)
あぁ、でも――。
(少しだけ、寂しいかな……なんて……――不敬ですね)
一瞬だけ胸に走った痛みには、気が付かないふりをした。
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