二十一話 それぞれが思う事

 約束よ?

 絶対に、帰ってきてね? 

 私、待っているから。

 騎士になって帰ってくるのを、ずっとずっと、待っているからね? 

 

 約束しますと、細い小指に自分の指を絡ませた。

 当時は、何一つ疑っていなかった。

 約束というものは、全て成就するものだと、信じていた。


 失って初めて、気が付いた。

 なくしてしまえば、後はもう、転がるように全て過去に置き去りにされるのだと。


 ずっと待っているという約束も、騎士になるという約束も……交わした相手も、全て過去に置き去りにされ、いずれは忘れ去られてしまう。


 いずれは、自分も忘れてしまう。


 ――それは、ヨハンにとって、耐えがたい苦痛だった。



 ◇◆◇◆



 サフィニアは、女の子らしく、薄紅色が好きだった。可愛らしい物が好きだった。部屋にも、その趣味が反映されていて、家具一つとっても、花や小鳥などが彫り込まれていた。


 ふと、双子の姉の事を思い返して、サイネリアは自室を見回す。


 隠れ姫と呼ばれるようになってから過ごしたこの部屋には、余計なものが何もない。

 姉が……、サフィニアが好むような調度品は、何一つ置いていない。


 姿見に映る自分を見た。


 サフィニアは、髪が長かった。そして、色々と凝った髪型をするのが好きだった。

 けれど、自分が隠れ姫と呼ばれるようになってからは、長ったらしいこの髪は、ずっとたらしたままだったなと、サイネリアは一房つまみ上げ、笑った。


 ――こんな所でも、もう違う。


 顔や体の線を隠すためだったが、そんな事をしている時点で、もうサフィニアとは違うのだ。

 好きな物も、好きな事も……双子でも、全く違った。


 サフィニアは壊滅的なほど不器用だったけれど、サイネリアは器用だった。

 サフィニアは、甘いお菓子を好んだけれど、サイネリアは一緒に出される濃いめのお茶の方が好きだった。


 ただ、好きになる人だけは、いつだって同じだった。


 サフィニアは、母と双子の弟に優しくしてくれる人が好きだった。サイネリアは、母と双子の姉に優しい人間を、好ましく思った。


 好きになる人が同じだったから、二人の世界は同じなのだと錯覚したのかもしれない。


 自分たちに優しい人たちだけの世界――屋敷の中だけを尊いと感じていたから、サフィニアを失って、世界の一部が壊されて、取り残されてしまった気がした。 


 一人になったと、認めることが怖かった。


(屋敷にいるのは、サフィと母上に優しい人達だけ……。必要とされているのは、俺じゃない……――当時の俺は、ろくでもない事を考えたものだ)


 思い込みで閉じこもり、再会した幼なじみの反応を目の当たりにし、やはりと暗い思い込みを加速させた。

 きっと、あの時……一緒に立ち向かう事を選択していれば、こんな事にはならなかった。


 サフィニアを、静かに眠らせてやることができたはずだ。


「マローネ」

「はい、サイネリア様」


 名前を呼ぶと、後ろに控えていた小柄な少女が、神妙な顔で答えた。

 呼ばれた名前が、自分の物である事がひどく嬉しくて、心強かった。


「どうか、俺に力を貸して下さい」

「もちろんです。このマローネ・ツェンラッド、我が主サイネリア様のために、全力を尽くします」

「……ありがとう。では、行きましょう」


 優しさだけで守られた、屋敷。ここを出れば、もう隠れる場所はない。


 サフィニアは、眠りについて、残るのはサイネリアだ。

 逃げ隠れしていた、情けない王子だけだ。

 それでも、もう、このまま逃げ続ける事は出来なかった。


 震える手を、小さな手が包んだ。


「っ、マローネ?」

「大丈夫です。わたしが、守ります。サイネリア様も、サフィニア様も、わたしがお守りします」


 何も心配することなどないと笑う、サイネリアの騎士。

 人の心を照らすような明るい笑みに、サイネリアはつられたように微笑み返した。

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