二十二話 事実確認
「で……、アタシのところへ駆け込んできた、と?」
「はい!」
「罪のない笑顔で言い切ったわねぇ、マロちゃん。……そっちの方で、自分は関係ありませんって涼しい顔をしている、エスティ君? 事前説明もなく駆け込んできた理由は分かったけど、ここに誘導したのは君よね? どう言うつもり?」
屋敷を出た後、合流した不機嫌顔のエスティにより連れてこられたのは、ジェフリー副団長の私邸だった。
彼は在宅中で、驚いたものの三人を中に入れてくれたのだが、サフィニア姫を連れ出してきたと分かると、二人に鋭い視線を向けた。
しかし、マローネは勿論のこと、エスティもまったく悪びれた様子がない。
「どうもこうも、当然の流れだろう。木を隠すなら森の中と言う言葉があるように、女男を隠すならジェフリーの所が適切だと思っただけだ。お前なら、とっくに隠れ姫の正体に気付いているんだろう」
ぴくりとジェフリーの眉が動いた。
「五年前の襲撃事件で、生き残った姫を救出したのは、お前だからな」
「そうだったんですか、副団長!」
「――いやぁねぇ、エスティ君。そんな所まで調べちゃったの? っていうか、お家の差し金?」
「…………。僕の話は後だ。それよりも、言うべきことがあるんじゃないのか」
ちらりとエスティはサイネリアを見た。
ジェフリーは、可愛くない子! と、エスティを小突いた後、サイネリアの前で片膝をついた。
「お許し下さい、殿下。私はあの時、貴方が、入れ替わったサイネリア殿下だと気
付いていたにも関わらず、沈黙を選びました」
「……あの時のことは、正直よく覚えていません。ただ、駆け付けてくれた、騎士がいたことは覚えています。……サフィを助けてくれ、そう言った俺に、貴方はサフィの首を持って行こうとした賊を追い払ってくれた」
「…………王族の……いいえ、子供の命を奪い、その上首まで持って行くなどという惨い真似は、命令でなくとも看過できませんでした」
サイネリアは、膝をついたジェフリーの目線に合わせるように腰を落とした。
「……感謝します。俺の命を救ってくれて、そして、姉であるサフィニアの名誉を守ってくれて、ありがとうございます」
「……っ、殿下……!」
サイネリアを見るジェフリーの目には、光るものがあった。
マローネは、見ないふりをした。エスティも同様に、口をつぐむ。
サイネリアに肩を叩かれたジェフリーが、立ち上がるまで、二人は黙って見守っていた。
ジェフリーが落ち着いたのを見計らい、サイネリアはエスティに言った。
「次は、貴方の番です」
「……僕が何か?」
「人のことをこそこそ嗅ぎ回り、いちいち俺の騎士であるマローネの周りをちょろちょろする貴方は、一体どういう目的があるんです」
「……」
「協力しろとは言いましたが、実際は拘束力がないのだから、反故にしてもよかったはずです。ですが、貴方は律儀に協力している。暴いた秘密を、触れ回るでもなく……王妃に密告するでもなく」
「誰が、そんな下種な事をするか!」
カッとエスティが反論した。
「……エスティ君のお母様は、ソニア様と親友だったのよ」
「――え?」
マローネとサイネリアは、揃って驚きの声を上げた。
「その上、エスティ君の初恋はソニア様」
「はぁっ!?」
「おい!」
ジェフリーを睨み付けたエスティは、二人の視線が自分に集中している事に気が付くと、気まずさを誤魔化すように咳払いした。
「……母親の親友で、その上初恋の人の子供だから、俺に協力すると、そう言うことですか?」
「…………勘違いしないでいただきたい。これは、我が家の罪滅ぼしでもある。婚約者もいたソニア様が、王に見初められるきっかけを作ったのは、僕の母だ。自分があの日、舞踏会に誘わなければと言っていたからな。そして、王を思いとどまらせる事も出来たであろうに、好きな女と一緒になりたいがために、王がソニア様を側室に迎える事に積極的に協力したのは、父だ。下手をすれば、母が側室に召されるかもしれないと、父は王の女好きを恐れたのだ」
エスティは、顔をしかめて語る。
「……呆れますね。全ては、親の都合であり、貴方には何の責もないでしょう」
「――自分でも、そう思います。ですが、両親は隠れ姫をさりげなく気にかけていた。僕は、ただ人目を避けて引きこもっている情けない人間など、王族であれ敬意の対象ではありませんでしたが……」
普段からずけずけと物を言うエスティはやはり遠慮なく好き勝手言ったあと、一度ちらりとマローネを見てから、言葉を切った。
「……これは自慢ですが、僕は優れた人間です。剣も学問も、人並み以上にこなせます。まぁ、いわゆる天才肌ですね」
突然始まったエスティの自慢話に、マローネとサイネリアは顔を見合わせる。
「あの、エスティ? その自慢は、いま関係あるんですか?」
「あるから話しているんだろうが。黙っていろ、馬鹿マロ」
同期である自分が、まず止めるべきだろうとマローネが声をかけるが、エスティは聞く耳を持たない。
それどころか、話の腰を折られたと不快そうに眉を寄せた後、仕切り直すように咳払いをして続ける。
「ごほん……! ――とにかく、僕は素晴らしい。そんな素晴らしい僕が、隠れてこそこそジメジメしているだけの隠れ姫など、敬う道理がないと判断した。にもかかわらず、優れた僕が唯一、剣においては対等と認めてやった馬鹿が、その隠れ姫の崇拝者だった。……この衝撃、わかりますか?」
急に話を振られたサイネリアだったが、慌てることなく素晴らしい笑顔で即座に答えてみせる。
「いいえ、全然分かりません」
「結構、分かって欲しいとも思いません。……認めた人間が、欠片も敬う気が起きない存在に、剣を捧げてしまったんです。見合う主になっていただかなければ、困るんですよ。そうでなければ、コイツを対等と認めた、僕の品位まで下がってしまう」
聞き終えたサイネリアは、なんとも言えない視線をエスティに向けた。
「…………貴方は、何というか……、難儀な人間なのですね」
「エスティ君は、素直じゃないから」
ジェフリーも、生暖かい視線を向ける中、マローネだけは目をキラキラと輝かせた。
「つまり、エスティ、貴方もサイネリア様が、噂のような方ではないと気付いたわけですね! ですから、力になりたいと、危ない橋を渡ってまで情報を手に入れてくれた……そうなんですね! なんたる、忠義! 騎士の鏡!」
「っ、なぜそうなる、馬鹿マロ! こ、こらっ! 近付くな! 手を握るなぁっ!」
感動したとエスティの手を握りしめ、大仰に褒め称えるマローネ。その首根っこを、すかさずサイネリアが掴んだ。
「はい、そこまで。離れなさいマローネ」
「サイネリア様?」
「エスティ君が、困っていますよ」
マローネは我に返った。確かに、エスティの顔は怒っているのか、真っ赤だ。
普段から、うるさいだの馬鹿だの暑苦しいだの散々言ってくるエスティだ。
自分は、ただ感動を伝えたかっただけだが、彼の気に合わなかったのかもしれないと、マローネは素直に反省した。
「申し訳ありません。サイネリア様のことを分かってくれたのだと思ったら、嬉しくなってしまって、つい……」
「俺に関して、自分の事のように喜んでくれるのは嬉しいのですが、以後気をつけた方が良いですよ。貴方は俺の騎士なのですから、俺以外には、あまりそう言うことはしない方がいいです」
「なっ!」
声を上げたのは、エスティだった。
「ん? 何か、言いたいことでも? エスティ君?」
「…………い、いえ、――何も……っ」
その肩を、ジェフリーがぽんと叩いた。
「残念ね、エスティ君」
「っ! 残念なものか! くそっ! 僕の話はこれで終わりだ! 今後の行動をどうするか、本題に入るぞ! ぼさぼさするな、馬鹿マロ!」
「なぜ馬鹿にされなくてはいけないんですか!」
八つ当たりのように叫ばれたマローネは、抗議する。しかしエスティから再度「馬鹿マロ!」と、彼しか呼ばないようなひどいあだ名で呼ばれ、今度は厳重抗議の意味合いも込め、すねを蹴っ飛ばしたのだった。
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