十九話 過去
友達が出来たのよ!
とっても可愛い子なの!
今度、サイとヨハンにも紹介してあげる!
明るい笑みを浮かべ、よく似た容姿をしている双子の姉が語る。
どうでもいいとそっぽを向き、剣術稽古を再開させようとしたサイネリアだったが、相手役を務めていたヨハンが姉に捕まってしまったため、中断を余儀なくされた。
ヨハンは、笑顔で姉の……サフィニアの話に付き合っている。
この幼なじみは、サフィニアに対して、とことん甘い。いや、むしろ弱いと言うべきだろうか。
よかったですねと穏やかに笑うヨハンの腕には、以前サフィニアが作った不格好な腕輪がある。普通ならば身につける事を躊躇するような作りの腕輪を、律儀に身につけている事からも、力関係は歴然だ。
サフィニアは、ヨハンから同意を得られたからか、それとも自作の腕輪を身につけて貰った嬉しさからか、目尻をほんのりと紅色に染め、はにかんだ。
見ていられないと肩をすくめたサイネリアは、一人素振りを再開する。
――王族として生まれながらも、寄る辺ない自分たち双子の身を、この幼なじみが心配している事を、サイネリアはよく知っている。
姉のことを、幼なじみや仕えるべき相手として以上に、気にかけていることも。
だから、より強く、もっとしっかりとした立場を欲し、騎士団に入団を志願したことも、それが叶い、もうすぐここから出て行ってしまう事も、サイネリアは知っていた。
約束したのだ。
ヨハンが戻るまでの間は、自分がサフィニアと母を守ると。
男である自分が、しっかりと守るのだと。
そして、いつか騎士になり戻ってきたヨハンに、気が強くて脱走癖のある困った姉を押しつけるのだ。
あぁ、本当に大変だったんだぞ、と軽口を叩きながら。
サイネリアは、いつも自分たちの未来を考えていた。
友と交わした約束は、果たして当然の約束事だと思っていた。
果たされる日が来ないどころか、破ってしまう日が来るとは、この時のサイネリアは思ってもいなかった。
忘れもしない。あの、春の日。
朝の快晴が嘘のような、激しい雨の中、移動中の馬車が襲われた。
本当なら、死んでいたのはサイネリアだったのだ。
サフィニアが、移動の前に服を取り替えよう等と言い出さなければ。
まだ男女差がはっきりと出ていない上、二人は双子だけあり、そろって母親似の容姿だった。
女の格好を嫌がるサイネリアに、母上を驚かせるためだとサフィニアは強引に入れ替わりを要求した。
あの時、サフィニアは何かに勘付いていたのかもしれない。それほどまでに、強引で執拗な要求だったのだ。
根負けしたサイネリアは渋々入れ替わり、そして……、入れ替わりを知らない襲撃者達は、サイネリアの格好をしていたサフィニアを殺した。
事切れた双子の姉。その首を、誰かに献上するのだと切り落とそうとした襲撃者達。
やめろと、止めることすら出来なかった。声は出なくて、ただ隠れて縮こまっているだけで。
どうしようもなく弱虫で情けなかったサイネリアの代わりに、たまたま近くを巡回中だった騎士が駆け付けてくれて、サフィニアの亡骸を守ってくれた。
貴方だけでも、ご無事でよかった。
騎士はそう言って、サイネリアを助けてくれたが、どこか無事で何が良かったのかなんて、分からなかった。
その後の事については、サイネリア自身もよく覚えていない。
ただただ、暗い部屋に引きこもっていた。
鍵をかけた部屋の扉を蹴り破って押し入ってきたのは、ただ一人だけ。
サフィニアが生きていると思っている、ヨハンだった。
久しぶりに会う幼なじみは、最初に部屋の隅で震えているサイネリアを認め、ほっと表情を緩めた。
そして、程なくして目を見開くと、凍り付いたように動かなくなった。
ヨハンは、気が付いたのだ。
今、自分の目の前にいるのはサフィニアの格好をした、サイネリアだと。
『……どうして……』
発された言葉の意味を、サイネリアは問いただせなかった。
サイネリアは絶望していたが、ヨハンもまた、絶望したのだ。
『直前で、入れ替わって……、あいつらは、迷わずサフィを……』
『……サフィ様……っ』
震えた声が、サイネリアの耳に届いた。
しばらく、互いに何も言わないまま、時間が過ぎた。
ふと、ヨハンが片方の手首を押さえ、顔を上げた。
『……サイ様。そいつらは、サイネリア王子を殺したと思っている。王子が死んで、得をする人間……この現状を喜んでいる奴らを、あぶり出そう』
『……あぶり出す?』
『そうだ。……だって、このまま終わらせていいわけ、無いだろう?』
そこに、あの不格好な腕輪を認めて、サイネリアは言葉に詰まった。
『……あぶり出して、どうするんだ。おまえも、わかっているだろ。俺やサフィにあるのは、名ばかりの肩書きだけだ。だから……――だから、こんな目に……!』
『利用してやるんだよ、その肩書きを。こんなっ……こんな、くだらない真似を画策した奴を探し出して、有頂天にさせてやればいい。サイ様が生きているとさえ分かれば、それだけで絶望に叩き落としてやれる。……だって、この国で次代の王になれるのは、側室の息子であるサイ様だけだ』
その言葉に、ぞっとした。
『無理、だ。無理だ、無理だ、無理だ! 無理に決まっている!』
ヨハンが言葉の端々に滲ませるものを感じ取り、サイネリアは分かってしまった。
自分が命を狙われたのは、王子だから。この国唯一の、王子だから。
子の無い王妃が、何より疎んじる王子だから。
そんな自分が生きている事が知られたら、どうなるか……。
無残に殺された、姉の姿がよみがえった。
自分はなんて意気地が無いのだろうと、情けなく思った。それでも、体の震えは止まらなかった。
『……すまない、すまないヨハン、でも、俺には無理だ……、王に……なんて……!』
『…………それじゃあ、このまま、ただ、忘れ去られてもいいんですか?』
今ここで逃げ出して、サフィニアの死を無駄にして、存在すら忘れ去られていく。
そんな事、絶対に良しとするものか。
ヨハンの目は、そう語っていた。
『こんなにも、軽く扱われて……! お前は、それでいいと、本気で思ってるのか!』
『……っ!』
立ち向かうべきだった。
けれど、姉を殺されたばかりで、そんな勇気をかき集めることなどできなかった。
止めるべきだった。
けれど、意気地が無い自身を恥じていたサイネリアには、一人で立ち向かおうとしている幼なじみに、意見することができなかった。
『……わかった。サイ様、お前は何もしなくていい。そうやって、なんにも言わないでいればいい。ただ、逃げ出すことは許さない。この屋敷に、サフィニア姫がまだ存在すると、人々が錯覚するように、隠れていればいいさ』
この時、自分は何としてでも幼なじみを止めるべきだったと、サイネリアは後悔している。
『後は全部、俺に任せてくれればいい、サイ様。……全部、俺が上手くやるから。なぁ、これまでも、そうだったろ?』
こうして、サイネリア王子は死に、隠れ姫が生まれた。
『あぁ、そうさ、何もかも……俺が、上手く片付けてやる。だから、なぁ……安心しろよ、サフィ様、サイ様』
笑う幼なじみの目には、すでに今のサイネリアは映っていなかった。
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