きっとそれは簡単な事だから
と、言われた事をやってみて、全然出来ない事がある。
ある人にとっては簡単で、でも僕にとっては難しくて。
なんでこんなこともできないの? なんてよく言われたりしていた。
僕は誰にもできる事が出来なかった。
それは教室でじっとしている事だったり、おとなしく校長先生の話を聞いていられることだったり、あるいは単調な漢字の書き取り練習だったり。
とにかく落ち着きのない、多動児とか言われていたような覚えがある。
5分も一か所にじっとしていられなくて、それでも椅子に座っていなさいと言われると今度は強烈な貧乏ゆすりが始まる。
周囲の授業を受けている子供はたまったものではない。
うるさいとか落ち着けとか言われたり、あるいは短気なガキ大将みたいな奴にはその場で殴られたりもしたような覚えがある。だからその場で乱闘が始まったりもした。僕はよく椅子を振り回したりモノを投げつけたりしたので、頭にでもぶつかった日には流血騒ぎとなり、こっぴどく叱られて頭を殴りつけられ、また相手の親御さんの所に親と一緒に頭を下げに行ったりもした。
幸い落ち着きのない事については、とりあえずなんか机にペダルがある特殊なものを使う事で落ち着きが無くなったらペダルを漕ぐことで教室でおとなしくすることには成功したので、そこで他人を邪魔しなくなった。
成長するにつれて落ち着きは取り戻してきたけど今度は幻聴に悩まされる。
それは自分を罵るような言葉だったり、あるいは誰かを猛烈に蔑んでいるような言葉だったり。自分の声色を使うもんだからより性質が悪い。
妄想の類だというのは自分の頭でもよくわかっているのだが、気分が落ち込んで居たりイライラしているとどうしてもその言葉に誘われるかのようにふらふらと行動してしまうので良くない。
はじめての非行は中学二年生の頃で、かといって不良と一緒に行動とか素行が違いすぎて無理だった。兄貴が吸っていたタバコがやけに気になり、かっこつけて吸ってみようとしたところを運悪く教師に見つかって生徒指導の先生に詰められる、というかっこ悪い事態に陥った。
そもそも学校でなんかタバコを弄るなという話なんだけども。
その時はタバコを吸う事が大人に一歩近づくんだ、みたいな声が聞こえた。
今考えるととてもバカバカしい。それ自体がガキの発想だ。
なんでもやってみるときっと簡単なんだよと、僕の周りに飛び交う声は言った。
けどやってみると僕にはとても出来ないことだらけだった。
例えばそれは仕事だったり、例えば人に頼まれた事をうっかり忘れたり、というか覚えても居られないし、僕はどうも生きる事が上手くないなと気づいたのは二十歳を半分も過ぎてからだった。
周りの人は要領よく過ごしているように見えるし、なんで僕はこうも上手く渡れないのかなあとぼんやり考えていても、上手い結論が見えない。
もう一人の声がささやくには、君はきっと怠惰で努力が足りないからだとも。
それはきっと正解なのかもしれないけど、あまりにも認めたくない事実だったり。
もっともっと僕が上手くやれれば未来もまた違ったのだろうかと、過ぎ去った事を悔やんだりしているわけで。
悩む前にやってみよう。
やってから考えよう。
そうして辿り着いたのは、ついには刑務所の中で。
思いの外、人間は簡単に壊れるものだと知ったのは僕がある部屋を後にしてからだった。たった一発、頭を殴りつけるだけで、当たり所が悪いだけでそうなる。
十代の頃喧嘩を眺めた事があったけど、人はあれだけ殴りつけて血を流しても簡単には死なないものなんだなあとぼんやり思っていただけに、完全に僕の頭からは予想外だった。
でも、僕にも簡単に出来る事が人生の中でひとつだけでも見つかったのは、良かったと思えた。
何一つまともに出来ない僕が、唯一出来る事なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます