銀河辺境ラーメン店

 ここは宇宙の果ても果て、人っ子一人いやしない無人の荒野、いや宇宙。

 宇宙船の窓から見渡せる風景は黒一色、たまに点のような光が見えるくらいの小さな明かり。恒星が照らす光はここではあまりにもか細く、頼りない。

 なんで俺がこんなところを航行しているのかと言えば、そりゃもちろん仕事だ。

 人が住む星々やコロニーに荷物を運ぶ仕事をしているが、全然なり手がおらず慢性的に従業員不足。その分給料はそこそこあるものの、明らかに仕事のキツさとは見合っていない気がする。荷物自体は宇宙船が運ぶし、荷揚げや荷下ろしは今となっては人力でやる事はほとんどない。だから肉体的な意味でキツイわけではないが、精神的にはとてもしんどいものがある。

 クルーは船長ひとり、つまり俺だけだ。

 船の航行は基本的に自動で行うし、俺は何かがあった時の為の安全装置みたいなものだ。万が一船が故障した時の為に修理したり、あるいは船を操舵したりと。

 だが船はよっぽどのことが無い限りは壊れる事はない。

 うちのような安い船を使っていても、最近の船はやたら頑丈だからな。

 だから俺は日々のチェック項目を確認した後は、日がな操舵室で変わらない外の風景を眺めていたりする。たまにそれにも飽きて、持ってきた暇つぶし用のゲームやらしたり本やらを読んだり映画なんかを見たりしているが、それもやがて飽きてしまう。一応新しい物を送信してもらってたりはするのだが、それだってデータ送信される星や基地局から遠く離れれば二週間に一度とか、下手すれば一ヶ月に一度くらいしか更新されない。

 一人に慣れているとはいえ、やはり誰かと話もしたいものだ。


 ふと、腹の虫が声を立てた。


 そういえば朝食も取っておらず、今時計を確認すれば昼の十二時と言ったところだ。勿論宇宙なので昼だと言っても外は暗いままで、船内の灯りが明滅する。

 

「つっても、もう食い飽きたんだよな、宇宙食」


 技術の進歩でカップめんとかが食えるようになったとはいえ、無重力下では食べられるものも限られる。茶碗にメシを盛った所で椀もろとも浮いてしまうのでは食べようがない。

 結局食べやすいエネルギーバー状の物や、エナジージェルみたいなものばかり食べる日々を送っている。味には文句はないが、いい加減同じものばかり食べていて飽きると食欲も落ちるものだ。


「あー、早く荷物を降ろしてどっかの星でもコロニーでもいいからよぉ、ちゃんとしたメシをたらふく食いてぇもんだ」


 愚痴っても誰も聞いてもいないが。

 俺は適当に食堂とされる食材置きスペースからエナジーバーだけを取って操舵室に戻った。袋を開ける。代り映えの無いバーベキュー味のスナック。腹は満たせても食べたいものが食べられないというのは中々しんどい。

 

 その時、操舵室の窓からとんでもない物を俺は見た。


 屋台だ。ラーメン屋の屋台が宇宙空間を飛行している。

 それ自体が宇宙にそぐわない代物だと言うのに、のんきに宙域を航行しているのは何かのギャグにしか思えない。よくよく見ればカプセル状の膜みたいなものに守られていて、それで中は大丈夫なんだろう、多分。

 その上、宇宙船のスピーカーから例のチャルメラの音までもが流れて来た。


『安くてアツアツの美味いラーメン、いかがっすか~』


 中年のおっちゃんの人懐っこい声を聞いて俺はもう我慢できなかった。


「おい! 今すぐそっちに行くからちょっと待っててくれ!」

『ヘイ了解』


 いても立ってもいられない。

 こんな辺境の銀河でまさかラーメンを食えるとは夢にも思わなんだ。

 俺は急いで宇宙服に着替え、移送用の宙間バイクを用いて横づけした屋台に移動する。カプセルの真ん中にある扉が開き、バイクを迎え入れてくれた。

 屋台は十人くらいが並んで座れるくらいの大きさで、こんなちっぽけなものがどうやって宙域を航行しているのか不思議で仕方なかったが、店主の姿を見て理解した。


「ヘイラッシャイ。何ニシヤスカ」

 

 店主がロボットだったのだ。

 AIを搭載したロボットならば必要最小限の物資だけで宙域を航行する事も出来るわけだが、しかしこの業態で儲かるのだろうか?

 だが屋台の向こうから立ってくる湯気の匂いで、俺のそんな下世話な考えはふっとんでしまった。あとあとまた会う事もあるかもしれないし、確認しておきたい一点がある。


「あー……まずこの店の名前は何て言うんだ?」

「ヘイ。”銀河アンドロメダ家”ト言イマス」


 地球から近い銀河の名前とは中々シャレている。俺が今居る場所は更にそこよりも遠い場所だが。


「めにゅーデス」


 店主から差し出されたメニューはひたすらにシンプルなものだった。

 ラーメンの味付けは醤油と塩、味噌だけ。大盛りか普通盛りかを選べるのと、あとはライスを付けるか付けないか。

 もう腹が減ってたまらない俺は、迷いなく注文する。


「醤油の大盛りでライスも付けてくれ」

「味付ケハドウシマス?」

「味付け?」

「ヘイ。ウチハ”脂ノ量”、”麺ノ固サ”、”味ノ濃サ”ヲドウスルカ決メラレマス」

「じゃあ脂は多め、麺は普通、味は濃い目で頼む」

「ヘイ了解」


 ロボットは注文を受け付けると、手際よくラーメンの準備に入る。

 寸胴にはスープが用意されており、具材も前もって下ごしらえしてある。

 麺を茹で、椀にスープとタレを注ぎ、そこに茹でた麺を投入。

 最後に具材を盛り付け、


「ヘイ醤油らーめん大盛リオ待チ」


 ラーメンがこちらに差し出された。

 

「おお……」


 醤油の香ばしい匂いをまさか宇宙空間で嗅げるとは思わなかった。

 いや、醤油味のなにかしらの食べ物それ自体はあるがラーメンとして体験できるとはよもやという奴だ。

 具材はチャーシューにほうれん草、そして海苔とネギだ。

 脂はおそらく鶏油。一口スープを啜れば、目が覚めるような濃さ。これはライスと一緒に食べられる、おかずのような味だ。

 割りばしをパキっと開き、一言。


「いただきます」


 そこからはあっという間だった。

 ラーメンライスラーメンライスにスープをたっぷり含ませたノリをライスオンでまたご飯が進む。

 ラーメン自体も食べ進めるほどにより食欲を刺激する。

 

「味付ケヲ変エル時ハ、食卓ニアル小壺ヲ利用シテクダサイ」


 なるほど壺の蓋をそれぞれ開けると、すりおろしたニンニクや唐辛子に漬けられたニラ、ショウガすりおろしが入っていた。他にもコショウの缶や酢入りの容器なんかもある。

 ここまで来て今更俺は確信した。このラーメン屋はいわゆる「家系」という奴だ。

 かつての地球で流行っていたスタイルのラーメン屋だが、この宇宙時代においてまだ続けている店があるとは驚きだ。今は健康を意識してこういうラーメンはまず流行らないのだから(ラーメンという食べ物自体、不健康という事で推奨されていないのだが)。

 俺はニンニクを入れ、コショウをふりかけて味を変え、またラーメンを楽しむ。

 いつの間にか器の中は空になっていた。

 

「はーっ……。堪能したぜ」

「アリガトウゴザイマス」

「お代はいくらだ?」

「ヘイ。30000スペース$ニナリヤス」


 値段を聞いて鼻水がぶっ飛んだ。客寄せのあの音声は嘘っぱちじゃねえか。

 確かに宇宙空間で屋台なんかをやるくらいなのだから、少しは高いだろうとは覚悟していたが想定していた桁よりも一つ多い。

 懐からカードを取り出して決済する。


「振リ込ミ確認シヤシタ。マタノゴ来店オ待チシテオリヤス」


 帰り際、俺は一つ質問をした。

 

「結構繁盛しているのか?」

「ヘイ。オ客様ガ第一号ニナリヤス」


 思わずずっこけてしまった。この屋台を始めようと思った奴は何を考えてこの宙域を巡回させているのか一度問い詰めたい。


「アノ、一ツ頼ミ事イイデスカ?」

「何だ?」

「実ハコノ店、予定シテイタ宙域カラ遥カ遠クニ流サレテシマイヤシテ、ドウヤッテ戻ロウカ困ッテイタ所ナンデス」

「ほう」


 そう言う事だったのか。


「ソレデ、モシヨロシケレバ私ヲ元ノ場所ニ連レテ行ッテモラエナイカト」

「構わないぜ」

「本当デスカ」

「ああ。だが対価は求める。当然だろう?」

「勿論。何ガオ望ミデスカ?」


 そんなものは勿論決まっている。


「ラーメンだ。毎日ラーメンを作ってくれ」

 

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