昨日の事を忘れようとして

 赤い傷をつけてやったのをすら私は忘れてしまった。

 忘却の彼方に追いやったものは幾らある?

 あれも、これも、それも、どれも。

 私の事ですらも、全て全て忘れていく。

 

 手から零れ落ちる砂粒の一つ一つが私の中身の一つであり、それらをすくって器の中に入れようと思っても全てが滑り落ちていく。

 

 器の中にあるのは虚無。

 虚無に満たされた私は今日もふらついている。

 何処に行こうとか、何処に行きたいとか、そんな自由意志は私には存在しない。

 ただ吹かれる風のままに。

 行き先は未来の時にでも聞いてほしい。

 未来もいずれは現在になり、過去になってどうしてそうなったか誰も覚えていないから。

 

 記憶ほどあやふやで、不確かなものはないと私は何時思い知っただろうか。

 何時だっけ。

 まあいいや。

 覚えていないってことは、きっと大した事じゃないんだから。


 器の中に満たされた虚無を抱いて、蛾のように揺らめく。

 どこかの止まり木に運よく止まれればその日は安息を得られる。

 得られなければ、漠然とした恐怖におびえながら夜を過ごす。

 明日を迎えられたら、ほっと胸をなでおろす。

 そんな刹那的な日々。


 私には何か、大きな夢や目標があったような気がする。

 でもそれもまた、遠い過去の話だ。

 

 どこかへ行きたい。

 でもどこだっけ。


 ずっとたぶん、満たされないままうろつくんだろう。

 君も、私も。

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断片集 綿貫むじな @DRtanuki

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