世界の終わりの後に
世界の終わりが来ないかなと願っていた時もあった。
退屈な日常、毎日同じような仕事の繰り返し、たまにあるミスでの罵倒。
何もかもが下らない、いっそのこと人生でも世界でも終わらないかという思いがずっと渦巻いていた。
そしていざ世界が終わってみれば……。
何と言う事はない。俺の暮らしは何も変わらない。
なんせここは俗世間と隔絶した田舎。
人の出入りなんて数えるほどしかない。住人も俺を含めてわずか100人いるかどうかという集落で、30歳の俺が一番若いと言われる有様だ。
とはいえ、通勤片道一時間かけて行っていた都市での仕事は無くなった。それどころではないからだ。
街という街には生ける死体、ゾンビが溢れかえり生存者を瞬く間に同類へと変えてしまっているからだ。生存者がどれくらい居るのかは俺にもわからない。
ゾンビは幸いながら走るような個体はおらず、初期ロメロのゾンビよろしくのたのたと歩きながら生存者を探して徘徊している奴らばかりだ。昼間で物陰から襲われたりでもしない限り、さほど怖い存在でもないが夜ばかりは話が別だ。
暗い中を歩き回るのはよっぽどの用事でもない限りは避けた方がいい。
夜はゾンビどもの動きが活発になる。のたのた歩きがしゃきしゃきと変わるくらいだが、それに応じて生存者の気配に敏感になっているような気もする。
まあ、この田舎にひきこもっている限りはゾンビなど居ないも同然だ。
来たとしてもショットガンとライフルもあるし、数体くらいなら何とかなるはずだ。
目下の悩みは食材をどうするかだ。
一応俺は猟師もやっているから山でイノシシやシカなんかを捕る事が出来るが、電気の供給が止まってしまっている。
川で冷やし続けるにも限界があり、解体してその後の保存をどうするかが悩みどころだった。一応燻製や干して保存性を高める事は出来るにせよ、それにだって限界はある。
野菜農家をやっている隣の爺さんにイノシシと交換で野菜を貰ったりもしていたが、最近はなんだか悩みでもあるのかそわそわしている事が多い。
と思ったら、玄関に書置きを遺して去っていた。どうやら都市に居たという息子夫婦の安否を探しに行ったようだ。あの地獄の最中に行こうと言うのだから、よっぽど心配だったんだろう。だが同時に愚かでもある。
どうせなら息子夫婦に来てもらうべきだ、と考えた所でふと気づいてしまった。
連絡手段も無いのだ。電話もいつの間にか通じない。
無線でも持っていればまだ通信出来たかも知れないが、携帯電話が普及しきったこの世の中でどれだけ無線を持っている奇特な奴がいるだろう。
ラジオをつければ政府の放送が聴けるが、それだってずっと同じ内容をリピートしているだけで、政府もどれだけ情報を把握しているのか疑問な所だ。
情報は欲しいが、集落の生存者だけでは新しい情報は入ってくるはずもない。
結局は諦めて、俺は毎日を生きていくために過ごしていく。
電気は無いにせよ、水は近くに湧き水が出る所がある。山だからな。
食料も野菜や肉は自給できるからまあ問題はない。
ひとつだけ、問題があった。
もうすぐ銃弾が無くなってしまう。
ショットガンの弾も、ライフルの弾も手持ち数十発でカンバンだ。
一応猟の為にナタやナイフなんかも持っているが、これで獣の相手ってのはゾッとしない。罠にかかった奴のとどめに使うにせよ、これ一本で相対しろってのは無理だ。いずれ銃砲店で弾を補充する必要がある。
が、銃砲店は都市の中にある。当然こんな田舎にあるわけがない。
金は必要なさそうだが、何かの交換物資は必要だろう。イノシシの燻製肉でも持っていけばいいだろうか。
しかし、街の中をどうやってかいくぐろうか。
パンデミックが起きたのはもう三か月も前になる。
ゾンビも増えているに違いない。一応軽トラックのバンパーはイノシシを轢いても大丈夫なようにパーツをつけて強化しているが、何人も轢いても大丈夫というものでもない。
色々と考えるとキリがないが、とにかく弾の補充は最優先事項だ。
俺は街に出る事に決めた。
街は静まり返っていた。時折ゾンビのうめき声が聞こえる以外は。
生存者は基本的にゾンビに気取られるのを嫌う為、音も声もなるべく立てない。
こちらから接触するには狼煙や光みたいな何らかの原始的な通信手段でも使わないと接触できない。
そして予想通り、この末期的な状況にあっても元気な輩は居るものだ。
先ほども交差点を徘徊しているゾンビを改造しまくった車で、無意味に轢きながら奇声を上げる暴走族めいた集団が居た。
彼らはアポカリプスの後の世界において、モラルや法が何も守ってくれないのを理解して自分たちの気の赴くままに行動しているだけに遭遇したくないものだ。
銃砲店はガラスが割れていた。多分ゾンビパニックが起きた時に真っ先に襲撃されたのだろう。この分だと弾も無いかもしれないな。無駄足だったかもしれない。
中に入ると、予想通りショーケースの中に入っていた銃や弾は空っぽだった。
店主はどこにいるのだろう? いかつい見た目ながらも小心者だった彼は。
「うぅう」
微かにうめき声が聞こえたような気がした。
俺はショットガンのセーフティを外して、腰だめに構える。
ガラス片を踏みつけながら、わざと音を出して俺は更に店の奥に進む。
レジの奥。店主がいつも休憩するときに居るわずかなスペース。
そこのドアは何故かダクトテープで封印されている。
ガタガタと振動するドア。
俺はナイフでテープを切り裂いた。すると、なだれ込むようにドアが前に倒れて来た。同時に店主だったものも。
「あぁ、ぁあ」
弱々しい声とずるり、ずるりと引きずる様な歩行の仕方。
青ざめて血の気の無い肌。そして鼻が曲がる様な腐った匂い。
もう彼もゾンビになってしまったのだ。
人懐っこい笑顔で受け答えする店主の生前の姿は見る影もない。
今はただ口を開けて、腕を前に出して俺を虚ろな眼で見ている。食らいつこうとする獲物を捉えようと。
俺は黙って引き金を引いた。
ショットガンの弾が頭を捉え、店主は膝から崩れ落ちた。
ゾンビになった者を元に戻す手段はない。こうなったら仕留めてやる他ないのだ。
俺は倒れた骸にわずかな間、手を合わせた。それしか弔う手段はない。
店の奥の棚の中に、少しながら散弾銃とライフルの弾があった。
これでもう数か月は生きながらえる事が出来るかもしれない。
少しだけ、安堵の息が漏れた。
弾の補充を終えて車に乗り込む。
エンジンをかけ、ちらとガソリンのメーターを見やった。
もう半分を切っている。よほどの事が無い限りは車は利用しないようにしているが、それでも山に向かう時などは車を使わないとどうしようもない。
ガソリンの補充の事も頭が痛かった。
一応ガソリンスタンドにはまだあるかもしれないが、そこは大抵生存者のセーフスペースになっている事が多く、わずかなガソリンを得るためにも交渉が必要だった。
そして今は大抵ガソリンも失われている事が多い。
パンデミックが起きた直後になんとかガソリンを缶に確保してため込んではいるが、それも次の給油で尽きそうだ。
田舎に戻る。
だがそこで俺は異変に気付いた。
見慣れない奴がいる。集落の住民ではない。
女だ。しかも若い、高校生か大学生くらいと見た。バックパックを背負い、帽子をかぶっている。服装は小ぎれいにしているが、ここ最近のサバイバル生活のせいかくたびれているようだった。
「あ、ちょうどよかった」
女は俺の車を見かけて、ヒッチハイクで車をひっかけるようなポーズをとった。
無視するべきかどうか迷った。迷った挙句、俺は人恋しくてつい止まってしまった。老人どもは最近はナイーブになっている事も多く、話し相手にもなりゃしない。ましてや若い女なら尚更話したくもなる。
「ねえ、貴方何処に行くの?」
「俺はこれから帰る所だ。そこの山にな」
「山? そこは安全なの?」
「今のところはな」
「じゃあさ、私を連れてってよ。もう疲れちゃった」
「親とかは居ねえのか」
言うと、口を尖らせて拗ねたような顔をする。
「もうゾンビになっちゃってるよ、都会のど真ん中で働いてたんだもの。きっとそうよ」
「まあいいよ。好きにしろ」
「やった」
俺と女はそうして家に戻った。
これで少しは生活に潤いがもたらされるだろう、そう考えたのだが……。
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