百合の花が咲く頃に・前

 私と彼女は仲が良かった。いつも一緒に居るのね、なんて揶揄されるくらいには。

 それくらい一緒に居たし、周りにも親友と見られていた。

 でも私たちの仲の良さはそんなものじゃなかった。

 私たちはいつもどちらかの部屋で逢瀬を交わしていた。

 その日も私たちは指を絡めながら部屋の中で、ただただ同じ時間を過ごす事に至福を感じていた。それはきっと彼女も同じ思いだったに違いない。

 でなければ一日でも会えなかった時、あれほど寂しく悲しい思いをすることなんてない筈だから。お互いに。


 でも、幸せな時間は唐突に終わりを告げる。

 

「転校することになったの」


 彼女、百合子はそう私に告げた。

 父親の仕事の都合で、とのことらしい。しかも悪い事に国内ではなく海外と来たものだ。 これでは何時会えるのかわかったものではない。


「いつ、日本に戻ってこれるの?」

「わからないわ。父はアメリカの人だもの」


 そういえばそうだった。元々日本に来たのも長期出張で、という理由なので故郷であるアメリカに戻るのも至極当然かもしれない。

 あまりにも唐突で突然な申し出に、私は呆然とするしかなかった。脳が拒否反応を起こして情報を遮断したのかもしれない。

 でも百合子は微笑んでこう言ってくれた。


「大丈夫よ。私はいつか必ず日本に戻ってくるから。必ず貴方に会いに戻ってくるわ」

「本当に? 本当に、戻ってきてくれるのね?」

「それとも、貴方が会いに来てくれてもいいわ」

「アメリカの永住権を得るのって大変だって聞いたけども」

「そうでもないわよ。でも英語は喋れるようになった方がいいわね」

「英語かぁ……」


 私は英語が苦手だった。でも愛する人の為なら、ガンバって覚えるしかない。

 私が決意を固めていると、百合子はわずかに声を上げて笑った。


「でも、少しは時間と距離を置くのもいいのかもしれないわ。そうした方がもっと絆も深まるかもしれないし」

「そうかな。物理的な距離が離れると、その分心も冷めると思うけど」

「それは本当に心に愛が芽生えていないからよ。私たちは違うでしょう?」

「確かに私たちの仲には愛は本当にあるとは思う、けど」


 百合子の思っている事は少しばかり観念的に過ぎるような気がする。

 私には愛と言うものがまだよくわからない。百合子は愛がなんたるかがつかめているようだけど、私はそれを知るにはまだ幼すぎる。もっと人生経験を積まなければ。

 思えば百合子は何でも知っていて、何でも私よりも長じているような気がする。

 私は百合子に導かれるままに、誘われるままに今まで生きて来たように思える。

 彼女の言う通り、少しは離れてみるのも悪くは無いのかもしれない。

 自立という意味も込めて。


「でもやっぱり、別れるのは辛いよ」

「じゃあ、来年の百合の花が咲く頃には一度帰ってくるわよ」

「大体夏ってこと?」

「その辺りにバケーションが取れるだろうって目算があるからね。多少ずれても許してよね」


 それはもう、いつだって会えるのであれば私は貴方の為に予定をいくらでもずらすし、学校だってサボる。百合子以上に大事な物なんて、今のところはないのだから。

 日が傾いてきて、窓からオレンジ色の光が差し込んでくる。

 百合子の顔に濃い陰影が出来て、それがまた百合子を映えさせていた。まるで巨匠が描いた絵画みたいって思った。

 どうして百合子は私のような、ありきたりな凡人を見初めてくれたのだろう。

 百合子の顔の半分は今は影になって見えない。微笑んで私を見ているのはわかるけど、その隠れた半分の顔で果たして何を想っているのかは私にはわからない。

 彼女は私に手を差し伸べた。自然と私は彼女の手を取って立ち上がる。


「そろそろ親も帰ってくるわ。今日はここまで、ね」

「ねえ、何時あっちに行くの?」

「そうね。もう荷物も大体まとめちゃってるし、来週にはアメリカに発つわ」

「残念。本当に残念」

「そんなに悲しがらないでよ。これ、あげるから」


 そう言って彼女が取り出したのは――。


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