フリージング

 きっとそれは冷たいナイフだった。

 貴方が切っ先を向ける度に私の心は零下まで冷えて行った。

 最初はそんな人じゃなかったのに、どこで間違えて行ったんだろう。


 冷たい。

 雨は冷たい。水は冷たい。

 でもそれよりも、人の心が一番冷たい。

 誰も私の事を気に留めず、素通りしていく。

 唯一私のことを見てくれた貴方も結局はきっと私に飽きて、愛想をつかして、私がすがろうとすると暴力を振るってくるんだろう。

 私が唯一熱を持てた瞬間は忘れようもない。

 同時に私の熱が冷めてしまい、凍えて震えている時に貴方はどうして私を見捨ててしまうの。

 真冬の雪が降る最中を裸足で歩いてた時よりも、氷水の中に良いと言われるまでずっと手を突っ込んでいた時よりも、それよりももっともっとずっと私の心は冷え切ってしまっている。

 貴方への熱を手のひらに、貴方に捧げていた熱はどこかへと霧散していった。

 

 私の孤独は誰にも癒せない。

 私は貴方にどうして熱をあげてしまったんだろう。

 一人の頃、一人でいた時、孤独で独りぼっちであったけれど私は自由だった。

 誰にも縛られることなく、私は一人でいることを愛していた。

 だのに、貴方が目の前に現れたせいで。


 今日も電話は鳴っている。

 電話に表示される宛先はない。

 私の電話は普段から鳴らないのに、随分とご執心。

 だから私は今日も出ない。

 貴方の事をひと時も忘れた事は無かったから。

 私の事を脳裏にこびりつくまで覚えてもらったら電話に出てもいいかなって。


 刃の輝きは冷たい。

 でもそれはひと時の事で、きっとその後にぬくもりが伝わってくる。

 見てみてよ。

 伝わる赤い一筋が滴って、鮮烈な色が床に落ちるよ。

 まだでも足りない。一面に彩るにはまだまだ足りないよ。

 だからもっと、私は愛を確かめたいと思ったよ。


 熱が冷めて、残されたのは塵だけ。

 きっと貴方はそこに還るのが正しかった。

 私の熱は何処へ行ったのだろう。貴方を介して、そこからさらに何処へ。

 いまは私の手の中にあったぬくもりも失せて。

 こんなにも儚いものに私はなぜ執着していたのかなって今になってみると不思議でならない。

 孤独は寂しい。でも寂しくない。

 知らないよりも知ってから選ぶ方がより尊い。

 

 知っているのは何よりも大事な事だから。

 だからわたしは今こそ冷たいものを大事にしようと思う。

 熱は一時のもの。

 冷たさは永遠だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る