鬼の鐘声

 お賽銭箱の前で、その男は何かを迷っている風だった。

 お賽銭の金額か、祈願の内容か。

 朝霧がたちこめる中、男の格好は嫌でも目についた。髪はハサミをいれてないのか、ぼさぼさに長く、無精髭も黒々としている。夏の終りだというのに黒のコートに黒のズボンは、霧の中では際立って見えた。

 しかし両眼に宿る意志の強さは――その身なりをも超越して、人を圧倒させるものだった。

 朝の境内掃除に現れた住職もそう思ったのだろう、引かれる様に男に声をかける。

「朝から熱心ですな」

 男は緩慢な動きで住職を見る。

――ああ、やはり。

 遠目からの印象に間違いはなかった。両眼に宿るものは――強烈なまでの意志。

「……あの」

 声は意外にも若々しかった。

「お金、そんな持ってないんですけど……願い事は本当に叶いますか」

 神仏に運を任す風には見えなかった為、おや、と思う。えらく中身と外見の差が激しい男だ。

「内容にもよりますがね」

 男はしばし、お賽銭箱を――その奥にあるものを見つめ、ぽつりと言った。

「おれを死なせて下さい」



序 終り

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