第22話 三人

 係長と米原さんと、謎の「加藤が異動したら困る」みたいな話をしていたら、スマホの着信音が鳴った。

 ん?

 会話が途切れる。

 俺のだ。

 チラッと画面を見たら、相手は高野さんだった。

 おおお、珍しい。

 目の前の二人に会釈して席を外す。


「どうしたんですか?」

 廊下に出て、ちょっと小声。

『メール打つの手間で。今日泊まってもいい?』

 あ。返事してなかった。

「もちろんもちろん。遅くなります?」

『いや、早く上がれそう』

 わあ。本気の泊まりだ。

「じゃあ、メシ行きます?いつものところでも」

『うん。そうしよっか。また連絡する』

「はい!」


 慌ただしく切れる通話。忙しそうだけど、でも夜は会えるんだ。滅茶苦茶嬉しいなあ。こんなに嬉しくていいのかな。スマホを胸に抱きしめそうになる。いやいや、そんなに乙女じゃないって。俺。とかなんとか思った瞬間。

「嬉しそうね」

「わッ!」

 声をかけてきたのは米原さんだった。

「高野くんでしょ。晩御飯私も混ぜて」

 うっ。

 正直、すごく嫌だ。

 でも…それも言いにくい。

「…あの…はい、高野さんに連絡しときます」

 もごもごと返事をした。

「なんかもう、すっごく話聞いてもらいたくて!」

 …田端さんのことか。

 仕方ない、か。

 高野さんも嫌だろう。けど、どうにもできない。さっさと切り上げて、さっさと二人になれるようにしてから謝ろう。

 ニコニコ部屋に戻る米原さんを尻目に、高野さんにメールをする。


『電話、米原さんに聞かれてしまいました。一緒にメシに連れてけとのことです。誤魔化せませんでした。すみません』


 しばらくして、高野さんから『了解』とだけ返事が来た。二文字ってのが怖い。

 地獄ってほどじゃないけど、さっきまでが天国気分過ぎたんで、落差が激しい。気ぃ遣って二人にしてくださいよ、と言えないのはこっちの都合だから、どうにもならないんだけど。


 一時期、三人でよく行っていた居酒屋で待ち合わせることになった。米原さんとフラフラ歩いて行く。

「高野くん、今日は早いんだね」

「そうみたいですね」

「もしかして、私抜きでコソコソ会ってる?」

 どき。

「いえ、コソコソってことは無いです」

「ほんと仲良いね。羨ましい。うちの職場、女子少ないからつまんない」

「中村さんは?」

「あ、中村さんが来てくれたのは正直ちょっと嬉しいかな。結構気が合うし。ランチは時々行ってるよ」

 そうなんだ。

「今度、一緒に行く?」

「いやいや」

 女の人二人とランチって、なんかちょっと違和感。


 店について、高野さんを待つ。

 あれから、もう一度だけ『すみません』ってメールしたら、『加藤は悪くないし、気にしないで』と返事が来ていた。

 まあ、状況は想像が付くだろう。断るのは難しいってことも。高野さんのほうが、俺より米原さんとの付き合いが長い。

 お通しをつついて待っていたら、ほどなく高野さんが現れた。

 紺スーツ…似合いますね。

 俺、絶対に会わないんですよね。何が違うんだろう。

 …色々違い過ぎますね。とにかく格好良いです。


 米原さんが隣にいるのと、いや、そもそも公衆の面前ということで、心に湧き上がる気持ちをギュッと抑え込んだ。

「高野くん、久しぶり!」

「お久しぶりです」

 会釈しながら、高野さんは俺の隣に座った。

 目が合う。

 ちょこっと頭を下げる。

 高野さんがニッコリ笑って、俺の肩に手を置いた。

「おつかれ」


 わー!


 王子じゃん。これ、もうダメなやつ!

 心の中では崩れそうになりながら、平常心を保つ努力をしつつメニューに手を伸ばす。

「高野さん、ビールにします?」

「うん」

「米原さんは」

「チューハイレモンで」

 心臓ばくばく鳴ってる。米原さんが目の前にいるっていう制限が、却って俺を煽っている気がする。

「あれ?加藤くん顔赤い」

「え?」

 二人が俺の顔を覗き込んでいる。

「ほんとですか?赤い?暑いのかな」

 手で顔を扇いだ。

 高野さんが、多分理由に気付いたのかニコニコして、それから、そっと俺の膝に手を置いた。

 

 やばい。

 まじでやばい。ゾクゾクってした。


 目が合った。

 ニコってしてる。

 俺の膝に置いていた手が離れた。


 高野さん、もしかして…めっちゃ俺で遊んでます?















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