第23話 カオス
「ちょっと距離、置こうと思って」
米原さんの爆弾発言。
「別れるってことですか」
「まあ、もうそれでいいかと思って」
…思って、ばかり。米原さんはまだ悩んでる。
でも、多分もう疲れている。
外野の俺たちの知らないところで、きっと色んなことがあったんだろう。
「田端さんは、それでいいって?」
「仕方が無いって」
それを聞いて、ほとんど口を挟んでいなかった高野さんが『仕方が無いって…』と呟いた。米原さんがちょっと笑った。
「仕方が無いって思う程度ならもういいやって気にもなるでしょ」
「いえ…いや…」
高野さんが口ごもる。
高野さんはさっきから、ほとんど喋らない。
俺の肩に、普通に手を乗せてみたり、その手を離してみたり。
特に話すでもなく、ちょっと距離を詰めてきたり。
さすがに膝に手を乗せてきたのは、最初の一回きりだけど。
なんか、高野さん今日、変。いつもと違う。
他人の前でこんなふうじゃないでしょ。あんまり。
…いや、違うな。
一度、少しだけ、ここの店ではしゃいだ様子を見せたことがあった。
で、俺がちょっとなだめて、それ以降スッと引いてしまって、それどころか関係まで続かない感じになってしまいそうになって…大変だった訳だ。
もしかして、高野さんって…加減が分からないタイプか?
いやいや、社会人として、いつも常識をわきまえた大人で、係長だって先日新人らしくない新人だったって言ってたじゃないか。
しかし。
ちょっと!俺の取り皿からポテトを横取りしないでください。目の前の大皿にまだ山盛りあります!
ギョッとして高野さんを見ても、もの凄いご機嫌な笑顔で俺を見るだけ。
もしかして、米原さんには俺らのこと、言ってしまえと思っていますか?
それならそれで、俺は別に構わないんだけど…。隠したがっているのは高野さんの方だと思っていたし。
うーん。
試しに、靴を、高野さんの靴にコツンと当ててみる。
高野さんの靴が、逃げないでそこに留まっている。
一方で、目の前の米原さんは田端さんの愚痴を言い続けている。
俺は米原さんの話に合わせつつ、高野さんのことばかり考えている。
何このカオス。
「田端っち、勝手すぎるし、何の相談も無いし。この先結婚ってことになっても、私は多分振り回されるんだろうなって気がしてきて、なんか正直…ゾッとしちゃって」
「まあそういう田端さんの行動って、米原さんが優しいからできることだと思いますけどね」
「そうかなあ…私も大概、ワガママなんだけどな」
「もっと、我が儘、言えばいいんじゃないですか?」
「ワガママを思いつく前に、もう相手が動いちゃってるの。ゆっくり考えていないうちに」
ああ…そういうこと、あるなあ。
俺も、自分の要求が見つかる前に相手に動かれちゃうこと、ある。
「そういうのも含めて、ちょっと待って!って言えばいいんですよ」
「そっかなぁ」
まあ、多分俺はもう高野さんを止めないと思いますが。
さっきから、俺が取り皿に取った食べ物を横取りし続けている。
仕方が無いから、高野さんの取り皿に食べ物を取り分けた。
「はい、高野さん」
「ありがとう」
「酔ってますね?」
ってことに、しておきますか。
「そう?」
「うち、泊まっていいですから、歩ける意識だけ、残しておいてください」
「はーい」
高野さんが素直に返事をする。
「いいなぁ。私も加藤くんち行きたい」
って、米原さん。言うと思ってた。
『嫁入り前のお嬢さんが、駄目ですよ』って俺が言おうとしたら、
「ダメ」
高野さんが先に米原さんを牽制した。
「米原さんは泊まっちゃダメです」
「わぁ、高野くんが謎に厳しい」
「加藤んちには俺が泊まるから、米原さんはダメ。加藤は俺のだから」
酔ってる感じで笑ってカミングアウトして、米原さんには全然伝わってない。
「失恋しかけてるんだから、もうちょっと優しくしてよ」
米原さんも、しょうがいないなぁって感じで笑った。
…お開きかな。
店を出る時、誰が払うかで一悶着した。米原さんは『自分の愚痴を無理に聞いてもらったから』というし、高野さんは『久しぶりに三人で会ったから』という。
その間に俺が会計を済ませて店を出る。
「加藤くん加藤くん、ごちそうさま」
米原さんが笑いながら追いかけてきた。
「米原さん、早く元気になってくださいね。総務が暗くなりますから」
「ごめん」
「また、メシ行きましょう」
「うん、ありがとう」
傍で聞いていた高野さんが、米原さんに告げる。
「田端さんのこと、ゆっくり考えたらいいんじゃないですか」
「うん…でも」
「田端さんがスピーディーだからって、それに米原さんが合わせたり、巻き込まれたりする必要は無いと思います。それこそ、相手に振り回されていることになる」
確かにそうだと思いながら、俺も高野さんの話を聞いていた。
「ゆっくり考えたい時は、そのペースに合わせてもらったらいい」
…そうだな。
米原さんも、今日あまり話さなかった高野さんの言葉を、ちょっと噛みしめるみたいに聞いていた。
「ありがとう」
「いえ…」
「高野くん酔ってると思ったらそうでもないね」
照れ隠しみたいに米原さんが言う。
「はい…。ちょっと酔ったフリしてたかも知れません。すみません」
高野さんも素直に謝っている。
謝って、それから急に俺の手を掴んだ。
「米原さん、俺、加藤が好きなんです」
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