第24話 正解
『米原さん、俺、加藤が好きなんです』
高野さんのその言葉に、米原さんの動きが止まった。
ああ、やっぱり高野さんは今日、米原さんにそれを伝えようと思っていたんだ。
しかし、そう思った俺の手を、高野さんはそっと離した。
「大学の時、ふられました。加藤は女性が好きなので」
あ…。
「その加藤が入社してきて、隣の席に座って仕事するようになって、俺は心底動揺していました。でも、加藤に迷惑をかけないためにも、絶対に悟られないようにしようと心に決めました。だから…米原さんも気が付いていなかったと思います」
「…う…うん…。知らなかった」
米原さんの唇から、なんとか言葉がこぼれ落ちる。
「ただ一人、田端さんが気が付いた」
高野さんの話は、俺が思っていたストーリーじゃない。
俺と付き合ってるって、米原さんに言いたいのかなって思ってたけど、そういう話じゃないや。
高野さんと俺がどうなったか、それは高野さんの片想いのところで終わってしまって、この話で高野さんが言いたい事って…。
「田端さんが、俺を見抜いた。最初はやっかいな人に気付かれたと思いました。俺は一度も肯定しなかったけど、田端さんは確信を持って俺に話しかけてくる。いつの間にか、男を好きな俺を、当たり前のように受け入れてくれている田端さんの存在に、気持ちが救われているのに気が付きました」
高野さんから見ていた、田端さん。
「米原さん、田端さんって、偏見とか、世間一般の常識みたいなのが無いんでしょうね。だから俺みたいなのが居ても平気だし、自分だってずっと同じ会社で働こうって気も無いし、妙な時期に急に辞めたりもできる。すごく自由なんです。でも」
高野さんは、そこで言葉を区切って、米原さんをじっと見た。
「今、田端さんは壁にぶつかった。世間一般の常識が無いと、米原さんと、意思疎通が取れない」
ああ、そうか。
…そうだな。
すごく納得しながら、俺は米原さんを見た。
高野さんを見上げて、じっと話を聞いている。
「田端さんは、すぐに答えを求めてしまう。その分、判断のスピードはすごく速い。するとつい、こちらが遅くて、こちらが悪いような気がしてしまう。でもね、それが必ずしも良いわけではないし、正義でもない。けど、多分、これまで田端さんは、能力が高いが故に大きな壁にぶつかってこなかった」
そうだろうなって、思う。すごくできる人だから。
「人と生きていく時に、実は、なんでも速けりゃいいってわけじゃない。そのことを知識としてでなく、体感として教えられるとしたら、それは米原さんしかいない。今、米原さんは、自分よりずっとスピードの速い田端さんを、見捨てることができる立場に居る。これからの二人をどうしていくか、結論は米原さんにしか出せない。田端さんは、どうしていいか分からない。田端さんには答えは出せない。だから…」
「だから、『仕方が無い』って言ったのね」
高野さんがゆっくり頷いた。
「そうです。本当に、今の田端さんは、この問題においては多分とても幼い子と同じで、何もできないんです。本気で誰かと対峙して問題を解決するという土壌がないから」
しばらく、二人とも無言だった。
俺も、俺こそ何もできずにだたそこに突っ立っていた。
「ねえ、米原さん」
高野さんが、優しく声をかけた。
「俺、悪口を言ったつもりは無くて、田端さんのこと、結構好きですよ。もちろん変な意味じゃなくて」
「…うん。分かるわ」
「ちっさい子と一緒なんですよ。割と真っ直ぐだし、思ったことをすぐに実行するから、みんなビックリしたり、付いて行けない気がしてしまうけど」
「うん」
「俺が引き継いだ営業のお客さんも、みんな田端さんのこと可愛がっていたようですよ。急に辞めたことを怒るような人もほとんど居なかった。あいつだったら、まあそういうこともあるだろうって様子で、これまで良くやってくれたって」
「ふふ、あいつらしい」
少し、場が和む。
「だから本当の意味で米原さんが教えてあげないと分からないこといっぱいあって」
「…そうよね…もう少し」
「はい…もう少しだけ。米原さんがしっかり主導権を握って」
「うん…高野くん、ありがとう」
「いえ、お二人には助けてもらってばかりなので」
なんだか俺、空気だなって思いながら、一人で勝手に歩き始めてみる。
「それよりごめんね。私、気付いてなかったから、いつも邪魔してたね」
背中に、そんな声が聞こえてきた。
「はい。今日も頑張って加藤を口説き落とそうと思っていたので、正直米原さんはすごく邪魔でした」
その言葉に米原さんが爆笑している。
「マジでごめん」
「今度奢ってください。今日はもう諦めて帰ります」
高野さん、片想いのふりをして、俺のこと庇おうとしている。
別に、いいのに。
まだ二人で積もる話でもあったら続けてくれればいいや。お泊りはまた今度。
っていうか、あれだな。俺と高野さんのこと誰にどこまで言うか、もうちょっと擦り合わせも必要だろうな。
俺は、別に誰に知られても、いいよ。
それより高野さんとうまくいかなくなる方が、ダメージでかいよ。
……。うん。ダメージ、でかい。
振り返った。
二人とは、ちょっと距離ができてしまっていた。
何を話しているか、よく分からないくらいの距離があった。
とことこと戻っていった。
「高野さん、帰りましょう」
「え?何?」
びっくりしている高野さんの手を掴む。
お泊りはまた今度…は、また今度。
高野さんと先に約束したの、俺だし。
そんなことを考えながら、米原さんに告げる。
「そういうわけで」
「?」
「米原さんも、頑張ってください。俺、こう見えて結構頑張ったんで」
「え?あ…何?」
米原さんのビックリした顔。
今までさんざん恋バナしたの、この人のことですから。勘が良いからわかるでしょ。
ね、高野さん、いいでしょ?
困惑した表情の高野さん。すぐに笑顔になる。
笑顔になったってことは、いいってこと?
「じゃあ」
俺の手を握り返した。
いいよね。
信頼している人から、少しずつね。
二人で歩き出す。
「…そういうこと?」
背中に、そんな米原さんの声がする。
俺は振り向きもせず、掴んだ高野さんの手を軽く持ち上げた。
そのあと(『ちょっと待って!』のつづき) 石井 至 @rk5
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