第12話 怖がり
「高野さん」
声をかけたら、俺には高野さんの表情が曇ったように見えた。
一緒にいたもう一人もこっちを振り返った。名前覚えてないけど、顔は見たことある…。営業の先輩。
「総務の加藤です。お疲れさまです」
頭を下げた。
「総務?高野がいたとこ?」
その人が、高野さんにそう話を振ったので、高野さんが返事をした。
「はい。加藤は俺が抜けた分の仕事をしてくれています。加藤、営業の楠本さん」
紹介されて、お互いにちょっと会釈をする。楠本さんは背が高い…だけでなく横幅もあって圧倒される感じがした。
「高野が抜けて大変だろう」
「はい。俺、今年入ったところなんで、全然ついていけてなくて」
「そっか、高野も二年目だもんな。加藤くんは新人か。偉いな」
見た目には圧倒されるが、話すと優しそうな人だった。
そんな楠本さんが話す間も、高野さんの表情は硬いまま。猛烈に『会いたくない』空気が溢れている…気がする。
「じゃあ、あの、俺…帰ります。お疲れさまです」
俺は高野さんの空気を読み取って、二人に頭を下げてその場を離れようとした。
が。
「高野に用事があったんじゃないの?」
楠本さんに呼び止められた。
うっ。
「いえ、ちょっと顔見に来ただけです。お忙しそうなんで、また来ます」
俺は慌ててそう言った。
楠本さんが、高野さんに声をかける。
「高野、最近ずっと遅かったもんな。今日の報告書作っとくから、その後輩くんと帰ったら?」
…楠本さん、凄く良い人だ。
良い人だけど、今この高野さんの表情が凍り付いている状態で、高野さんはどんな反応を示すのだろう。
「いえ、俺の仕事なんで、報告書は俺が」
…やっぱり。
「ええ、俺も、仕事の邪魔はしたくないので」
俺も、そう言った。
楠本さんが『うちはいつまでも落ち着かないから、せっかくだから行って来いよ』と高野さんの背中をぐいぐい押している。
高野さんは、そんな楠本さんの腕を掴んで『いえ、俺、楠本さんには迷惑かけてばかりなんで』と抵抗している。
高野さんは責任感が強いし、今は異動したばかりで仕事を覚えようとしているし、そして多分、この楠本さんが良い人だから高野さんは『助けてもらってばかり』と思っちゃっている状況なんだろう…。
「あの、楠本さん」
俺は楠本さんに話しかけた。
「ほんとに、俺、用事があったわけじゃないんで」
高野さんは自分で仕事したいタイプだし。
ペコっと頭を下げて、その場を離れた。
やっぱ、忙しいんだな。
俺、あんまり変に勘繰ってないで、そっと高野さんを応援しよう。会えないと思うのも、メールの返事があっさりしていると思うのも、結局は俺の主観の問題だ。
こういう時、田端さんがいたらなぁ。田端さんとはよくメシに行った。俺が高野さんのことを好きかな?好きかも、好きだなってモヤモヤしていた頃に、田端さんと話すことは、実は結構気分転換になってた。
米原さんの彼氏の田端さん。
元々営業に居て、急な時期に転職して実家の九州に帰っちゃって、それで高野さんが穴埋め異動になったんだけど。
高野さんが忙しいのも田端さんのせいだから、責任とって俺の気分を転換してもらいたい。
「高野くんに会えた?」
翌朝、米原さんが声をかけてくれた。
「あ…はい。会えました。でも、顔見ただけで終わりました」
本当に、楠本さんに紹介されただけで終わった。
「忙しそうにしてた?」
「先輩に帰っていいって言われてたけど、自分で最後までやりたかったみたいで。なんか、そういう会話してたんで、俺、帰りました」
「そっか。高野くんらしいし、加藤くんらしいね」
俺らしい?
「なんですか、それ」
「高野くんは自分で仕事やりたいだろうし、加藤くんは高野くんの邪魔になることは絶対にしたくないって思ってるってこと」
…まあ…そうです。
「夫婦みたいに空気読むよね。加藤くんって」
夫婦って。
「高野くんも、加藤くんが可愛いだろうなぁ」
いやいや。
「結果フラれましたから。俺」
「でもさ、それで『仕事と私、どっちを取るの』的な話にならないじゃん。先輩後輩って」
…ん?
「もしかして米原さん、田端さんと揉めてます?」
図星だったらしく、米原さんが眉をしかめた。
「…鋭いわね」
恨めしそうにこっちを見る。
「仕事と私、どっちを取るの的な?」
「…そこまでいかないけど」
恋愛って、なかなかすんなりいきませんね。
「なになに、加藤の恋バナ?」
係長が通りかかって、話に参加してきた。
「違いますよ。米原さんの遠恋」
「なに、上手くいって無いの」
「会う時間がなかなか」
そっか。
近くにいても、遠くにいても、一緒だな。
会えなかったり、すれ違ったり。
「九州に行くっていうなら有給休暇バンバン許可するから。じゃんじゃん休んでよ。米原さんの仕事は加藤くんが全部やってくれるし」
「え~!全部は無理ですけど、でもまあ米原さんのためだったら頑張ります」
係長と俺とでそうやって背中を押す。
「いや、私が九州行ったらもう親と顔合わせみたいな感じになりそうで怖いんですよ」
米原さんが弱音を吐く。
怖がるってことは、正体が見えないとか先が見えないってことだ。
俺と高野さんがうまくいかないのも、何かを怖がっているからだろうか。単に忙しいってだけじゃなく。
だとしたら、俺の場合、何が原因だろう。
「怖がってないで、行ってきなよ」
「じゃ、有休からそのまま寿退社してもいいですか?」
「それは困る」
係長と米原さんの漫才を余所に、俺はぼんやり考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます