第11話 距離
総務の歓送迎会から二週間が過ぎた。
一度も高野さんに会っていない。
晩飯に誘うも断られ、土日も『仕事のアポ入ってて』と断られ、それ以外のメールの返事も返ってくるけど、内容が素っ気ない。
『おはよう』『おやすみ』『お疲れさま』程度の文面しか返ってこない。
俺、何かやりました?
俺、何かやっちゃったのかも知れないけど、それにしても高野さん酷い。ちゃんと話さないと分からない。
しかし、会ってももらえない。
昼休みに営業部に顔を出しても居ない…。
先週まで米原さんに『暗いぞ、加藤!』なんて、からかわれていたが、今週に入ってからは俺がよっぽど落ち込んでいるのか、そういうのも無くなった。
「はぁ…」
ため息。
じゃないよ、深呼吸しただけ。
でも、まあ、仕事はちゃんとやろう。
いつも穏やかで笑顔の人って、実は感情が顔に出ていないんだな。
高野さん、やっぱり俺が米原さんを泊めた過去をずっと気にしているんだろうか。
いや、マジで忙しいとか。
…今さらそれは無いか。
ろくに看病できなかったのが悪かったのかな。
俺からキスしたのがまずかったのかな。
気持ち悪くなった?
片想いは楽しかったけど、実際に付き合うことになって幻滅することが多かったとか、そういうやつ?
俺が半年で落ちちゃったから、ガッカリしたとか。
そういう覚悟じゃ困るとか。
俺が高野さんに釣り合わないのは分かってるけど、恋愛って釣り合いじゃ無いと思ってるから俺は気にしてなかった。
お互いに好きだったら、それでいいんじゃないかって。
それから考えると、高野さんが俺を好きじゃなくなったなら、俺にはどうしようもない。
どうしようもないけど、本当にどうしようもなくなる前に、完全に駄目になる前に、俺は俺のできることを全部したい。
高野さんの言い分を聞いて、俺が変えられるところは変えたい。
ずっと高野さんの『恋人』でいたい。
「加藤くん」
定時後、米原さんが声をかけてくれた。
「ごはん、食べに行く?」
…二人で?
それは、このタイミングでは良くないような気がする。
……。
いや、もうそんなの考えなくていいか。もう、ダメになっているかも知れないんだから。
…いやいや。まだ諦めちゃ駄目だって。
「ごめんなさい。実は、あの、今日はちょっと高野さんとこに顔出そうと思ってて」
「営業に?」
「はい」
米原さんが『それもいいね』と言ってくれた。
「二人はさ、大学から一緒なんだよね」
「はい」
「そこからまた職場が一緒になって、半年いろいろ教えてもらってって感じだよね」
「そうですね」
「高野くんは、学生加藤も社会人加藤も両面知ってて…そう考えると、今の加藤くんのこと、一番分かってるのが高野くんかもね」
そうなのかな。
高野さんは、俺のこと分かってくれているんだろうか。
少なくとも俺は、高野さんのことが分からなくなっています。全く見えない。
つらい。
好きになって、気持ちを伝えて、通じ合ったと思ったけどそれは短い間で、ほとんど高野さんのこと、知らない。
そう言えば、高野さんの言葉を信じれば、高野さんは俺のことを大学の時から好きでいてくれて、一緒に働き始めてからもその気持ちを隠していたってことになるけど、その間、告白された時以外は、高野さんの気持ちに俺は気付いていなかった。
なんだ、俺、何にも知らないじゃんか。
俺、高野さんのこと全然分かってないし、彼が気持ちを隠せば、簡単に騙されてしまう。
俺なんて、簡単だ。
米原さんが『励ましてもらっておいでね!』なんて背中を叩くけど、正直そんな状態じゃ無いんだ。高野さんにとって、俺を落ち込ませることも夢中にさせることも、多分滅茶苦茶簡単だ。
「私は遠距離中だし、いつでも空いてるから声かけてね」
米原さんはそう言うけれど。
「ありがとうございます」
本当に良い人だなって思う。良い先輩。
笑顔が男前な米原さんに一礼し、総務課を出る。
高野さんに会えなくても、デスクにメモを残しておこう。
人目に付く場所だから『高野さんを慕っている後輩』としてのメモになるけど、それでも何か、物理的な何か、を残しておきたい。
『ちょっと顔出しました。また来ます!』的なものでいい。
今、高野さんと、心理的な距離があり過ぎる。一ミリでも詰めたい。
その方法が分からないから、俺なりにやれることをやってみるしかない。
営業部には、人は少ないけどまだ昼間のような活気があった。
高野さんはやっぱり居なくて、先輩方々に席を教えてもらって、メモを残すことにした。
『ちょっと顔見たくなって』
これは、マズイかな。
ギリオッケーでどうだろう。続きを書く。
『ちょっと顔見たくなって寄りました。お忙しそうですね。またメシ行きましょう!』
…どうかな。
慕ってる後輩っぽさが出てるだろうか。万が一人に見られても問題ないかな。
半分に折ってセロテープでデスクに貼った。
どうして、ダメになりそうになってるんだろう。
営業部からロビーに、一人とぼとぼと歩いていたら人の気配がした。
自販機前かな、さっきは誰もいなかったんだけど。
人に会うのが面倒だなと思いながら角を曲がったら、自販機前のベンチに高野さんが座って缶コーヒーを飲んでいた。一緒にいる、ベンチ傍に立っているガタイの良い男の人は営業部の先輩かな。
「高野さん」
俺から声をかけた。
高野さんがハッとこっちを見て…その目がサッと曇ったように見えた。
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