第9話 もうすぐ

 米原さんはしっかり者のお姉さんで、田端さんに恋をし、最終的には両想いとなってめでたしめでたし。

 そのイメージが強かったんだけど、一方で、米原さんは酒に強くなく、飲むと防御態勢が弱くなり…だからこそ、うちに泊まるといったハプニングが生じたのだった。忘れていた。

 田端さんのことで悩んだ米原さんが酒に酔って俺に電話をしてきて、それが夜遅くだったので心配になった俺が迎えに行き、そのままうちで愚痴を聞き続けた、というのがコトの真相なのだが、それがこのタイミングで高野さんに伝わるのはマズイ。

 というのも、高野さんは少し前まで俺と米原さんの仲を疑う…というか、俺が米原さんの事を好きなんじゃないかと勘違いしていたので。

 その理由はハッキリしていて、米原さんが、俺の『好みのタイプ』なのだ。それは事実だし、高野さんもそのことにいち早く気付いていた。そこはやはり、大学からの付き合いでバレている部分というか何というか…。


「そういやさ、加藤くんの彼女ってどんな人なの」

「いや、彼女っていうか何ていうか…」

 彼氏っていうか、今ここにいる高野さんですっていうか。

「年上でしょ」

「まあ、はい」

「加藤くん、落ち着いてるもんね。年上の方が合いそう」

「…そうですか?」

 自分ではよく分からないけど。

「相手、忙しいんだ」

「はい。今はちょっと」

「職場で加藤くんが必死でメールチェックしているのを見るのが最近の私の趣味だから、あんまりすんなり上手くいかないで、ちょっと揉めたりして欲しいね~。やきもきする加藤くんが見たい!」

 多分この後、荒れます。見て欲しくは無いですが。

 俺はため息をついた。

「米原さん、趣味悪い」

「ふふふ。そうよ」

 そういう話をしているうちに、分かれ道まで来た。

「駅まで送って行けなくて申し訳ないんですけど」

「大丈夫、ここからずっと人通り多いし。それより、高野くんをよろしくね」

「はい。もちろん」

 肩を組んで支えている高野さんをチラッと見た。さっきから全然会話に参加しないし、でも自分で歩いているし。

「高野さん、大丈夫ですか?」

 声をかけたら、頷いた。小さい声で、米原さんに挨拶をする。

「…米原さん、お疲れさまです」

「あ、高野くん喋った!大丈夫?」

 米原さんが高野さんに近寄る。

「…ちょっと飲み過ぎました。なんか…頭痛い」

「当日二日酔い?まさかね。みんな、寂しいから高野くんに飲ませ過ぎてたもんね。加藤くんちでゆっくり寝かせてもらってね。…加藤くん、高野くんへの恩返ししっかりね」

「はい。…じゃあ…お疲れさまです」

「うん!また来週」

 帰っていく米原さんの後ろ姿を見送った。

 いつもなら『可愛いな』とか思うんだけど、今日はそれどころではなく。

「高野さん、大丈夫ですか?」

「うん」

 素直に頷いた高野さんの方が可愛い。さっきまで黙っていたのが怖かったけど、本当に具合が悪かったようだ。

 幸い、うちはここからあと五分も無い。

「高野さん、もうすぐうちですから」

「うん」

 顔を覗き込んだら、確かに青白かった。ヤバいなあ、高野さん、体調を崩すと色気が増すっていう謎の性質を持っている。綺麗だなぁ。すみません。


 部屋に入って、高野さんをベッドに寝かせた。

 ぐったりしている。

 ネクタイを外して、シャツのボタンを二つ、外した。

「水、持ってきますね」

「うん…ありがとう」

 頭痛薬を用意し、キッチンで水を汲んで戻ったら、高野さんがシャツのボタンをもっと外していた。

 あ、でも中に白いTシャツ着てる…って、何を期待したんだ、俺。

「高野さん。起き上がれます?」

「うん」

 のろのろと身体を起こす高野さんを支えて、水の入ったコップを口元へ持っていく。高野さんが、受け取って少し口にした。

 頭痛薬も飲ませて、また寝かせる。寝転んだ高野さんが弱々しい声で俺を呼んだ。

「加藤…」

「はい」

「あの、米原さんのことだけど」

「あ、はい!」

 忘れてた。

「こんなこと、言っていいのか分からないけど」

「なんでも、言ってください」

「…米原さんと加藤が姉弟とか友だちとか、そういう仲の良さって分かってるけど」

「…はい」

「頭では分かってるけど、しんどいから…もう、泊めないでくれたら助かる」

 うわ、何、なんか高野さん…何その甘めのお願い。

「あの、もちろん、もちろんです。あれは本当にアクシデントで」

 言い訳しながらも、言い訳なんかいくら言っても埋められない。今俺この人を抱きしめたい。

「ホントに何もないです。何も。本当に、ごめんなさい」

 抱きしめたいけど、体調悪いから、顔色悪いから、我慢します。

 でも、手だけ握っていいかな。

 そう思って、白い手を握った。

 握ったら、高野さんが俺を見上げた。

 …いや、その角度とか目線とか、ちょっと…!

「高野さん…」

 やっぱりちょっと我慢できなくて、抱きしめてしまった。

 ただ、気分が悪くならないように、緩く。

「不安にさせて、すみません」

「ううん、ずっと前のことだろ。俺が悪い。俺が悪い」

 そう言いながら、高野さんがギュッと抱きしめ返してくれた。

 それだけのことなのに、すごくホッとした。

 ホッとすると同時に、あることに気が付いた。

「あの、高野さん…」

「ん?何?」

「…多分ですけど…熱、あります」

「嘘」

「さっきより、温いです」

「まじ?」

「熱、測りましょうか」

「いや、いいよ」

 断られたけど、絶対熱い。

「体温計、持ってきます」

 そう言ったけど、離してくれない。

「高野さん」

「やだ。熱出るの」

「もう出てますって。絶対」

「測ったら確定するだろ」

 何、その屁理屈。

「測らなくても、熱いですから」

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