第16話 寸前
田端さん?
それともまさか、高野さん?
「加藤、俺」
ドアの外から聞こえた声。
…高野さん。
深呼吸。
ドアを開けた。
目の前にスーツ姿の高野さんが立っていた。
ダークグレーのスーツ、似合いますよね。
身長は俺よりちょっと高いか同じくらい。でも体形がすっきりしていて、まあ単純にスタイルがいい。
やっぱ、好きだな。
抱き付きたい。
でもそれをしていいのか分からない。
何か、言いたい。
でも…何を言おう。
「…お仕事」
言いかけた。けど、言葉に詰まってしまった。
お仕事、終わりましたか?
今、お時間大丈夫ですか?
いや、大丈夫だからここに居るんだろう。
どうして来てくれたのか分からないし、もう鬱陶しいから別れてくれと言われるかも知れないし。聞きたくないけど。
えっと…。
口をぱくぱくさせた。それを、高野さんはしばらく待っていてくれた。
「いや、いえ」
何も言えなくなって、俺は首を横に振った。
足元を見る。
俺と高野さんの足が見える。
「部屋、入っていい?」
高野さんが言った。
ああ、そっか、そうだな。
「はい、もちろん」
首を縦に振る。なんでこんなにパニックになってるんだ、俺。
高野さんを部屋に通す。いつものソファに座るかな、と思ったら、突然後ろから抱きしめられた。
「わ!…え?高野さん、どうしたんですか」
「…駄目かな」
え?何が?何のこと?ダメって何?この状況のこと?
何だかわからないけど、高野さんが結構必死にしがみついている感じがして、胸のあたりに回された高野さんの腕を、自分の両腕で包むように抱きしめた。
「駄目じゃないです。別れ話以外は全部大丈夫です」
そう言った。そうしたら、背中の高野さんが俺を抱きしめたまま笑った。
え?なんで笑われたんだ。
「…あの、俺の答え、間違ってます?」
焦ってそう続けたら、高野さんは声を出して笑った。俺を抱きしめる腕の力が少し強くなる。
「すごくいい」
すごくいい、ですか。
「加藤、好きだよ」
背中が温かい。
「俺も高野さんが好きです」
ほんとに。さっき玄関で顔を見た瞬間に思った。滅茶苦茶安心して、滅茶苦茶不安になって、すごく独占したくなる。
「俺が触っても、大丈夫?」
高野さんがヘンなことを訊く。
「大丈夫って、どういうことですか?」
「熱を出したとき…逃げたから」
……?
……あ。
「いや、あれは、体調悪いのにそういうの悪いと思って。イヤとかそういうことでは」
焦る。高野さん、熱出してうちに泊まった時の、キスのことを言ってる。
「そっか…。俺、やっぱ直接的なのは気持ち悪いと思ったのかと」
「いや、違います違います」
「それか…希望を残すとしたら病気うつされたくなかったのかって思おうとしたんだけど、やっぱ無理で、苦しくなってきて」
「それも違います」
「そういや、二人で飲んだ時、俺がちょっと浮かれちゃって店で喋ってたら止められたこと思い出して。加藤、やっぱ、俺とのこと、悩んでるんだろなぁって」
ん?ん?ん?
そんなことあった?
うーん。
少し考える。そういうこと、あったかも知れないけど。
身体に回された高野さんの腕を解いた。振り返って、高野さんの顔を見る。
「うわっ、こっち見るなって」
「いや、高野さん、いろいろ誤解あると思うんで。落ち着きましょうよ」
「俺は加藤といると全く落ち着かないよ」
「そんなこと言われても」
あたふたしている高野さんを、とにかくソファに座らせた。いつもなら、こういう時俺は正面のベッドに腰かけるけど、今日は隣に座った。
「あのね、俺、外でイチャイチャっていうか、そういう空気出すの、相手が女性でも多分しません。カップルがイチャついてるの見たくない、聞きたくない人もいるだろうって思うから」
高野さんの両手を握りしめて説得する。
「あと、病気の高野さんとキスして、俺が、高野さんに、もっといろいろしたくなったら負担がかかると思うから、病気の高野さんとはキスできないです」
分かってくれるかなぁ。
「もうちょっと言わせてもらうと、触るの無理な相手に好きですとか言いません」
ね?
ぎゅっと手を握り直した。
高野さんが、じっと俺を見詰めて、ふと視線を落とした。
なんでもできる王子様な高野さんだけど、実はコミュニケーション取るの苦手なのかな。
「多分、俺、この先も高野さんが理解しにくい行動を取るかも知れないけど、そんなに不安にならないで、今の何?って訊いてください」
俺も訊くし。
好きだから。高野さんが何考えているか分からないとやっぱり不安。
握った手を離して、うつむいた顔に手を添えた。こっち見て欲しいなっていうのと、あの時ゴメンねっていうキスがしたい。
顔を寄せて、距離が縮まって、すごく緊張するな。
そっか、キスする側って緊張するんだな。
熱出てた時の高野さんのキス、俺なりに理由はあったけど、お断りするなんて失礼だったんだな。こんなに緊張するんだから。
そんなことを考えていたら、いきなり高野さんのスマホから着信音がした。ちょっとビックリして、二人とも身体がビクッと反応した。
緊張が途切れて、でも俺も高野さんもそれを無視しようとして。
「……」
無理か。
仕事かも知れないし。
「高野さん、出てください」
「いや、いい」
まだ鳴っているし。
ちょっと目線で会話する。高野さんが諦めた。ポケットからスマホを取り出して、画面を見る。
「ああ、もう」
珍しく文句を言った。
「ごめん、ちょっとだけ」
電話に出た。
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