第14話 背中を押す
田端さん。
米原さんの彼氏、田端さん。
なんでここに。
「どうして米原さんちじゃなくて、俺んとこ来るんですか」
俺が放った第一声は、やっぱりそれだった。
田端さんは、ニヤニヤ笑った。
「いや、ヨネさん実家だから泊まれないし」
「ホテルに泊まればいいでしょ」
ぶつぶつ言いながら、玄関ドアを開ける。
「とにかく電話して、会ってあげてください。さっきも遠距離恋愛のグチを言ってましたから」
俺がそう言ったら、
「…そうなんだ」
田端さんが、珍しく真面目な声で答えた。
「そうなんだ、って、分かってるんでしょ」
「ん…まあ。ね」
煮え切らない様子。いつもの田端さんじゃ無い。ちょっと話、聞いてみようか。
「…なんか、あったんですか」
田端さんがソファに座る。俺は正面のベッドに腰かけた。
「ん…何か、っていうか…。ヨネさん、遠距離イヤみたいだから。だったらこっち来たら?って言ってて」
お。
「そ、それって、プロポーズ的な?」
「まあ、そうだね」
さすが田端さん、即断即決っぽい動きをする。
「で?」
「断られた」
「…なるほど」
分からなくは無い。
「なるほど、ですけど。田端さんらしいですけど。…やっぱ、そういう状況で俺のところじゃなくて…米原さんのところへ行ってあげて欲しいです」
なんか、言葉変だけど、伝わったのかな。
田端さんが、少しだけ、いつものニヤニヤに戻った。
「ありがと。加藤くん」
「え?」
「加藤くんに会ったら、なんか落ち着くと思ったんだ」
どういうことだろう。
「田端さんは、いつも落ち着いているじゃないですか」
「いや、全然。加藤くんの十分の一も落ち着いてないよ」
いやいや。
「俺、正直ヨネさんが加藤くんと付き合うって言ったら、敵わないって思うよ」
「はぁ?」
「加藤くんは若いうちは目立たないタイプだけど、絶対いい男に育つしさ」
失礼なことを言われたのか、褒められたのか分かりにくい。以前にもそういうことを言われた気がするが、なんだか良く分からない。
でも…自信家に見える田端さんが、今迷っていることは伝わってきた。
米原さんの相手が自分でいいのかどうか。
今、会いに行っていいのか。
珍しく、迷っている。
そういうことなんだろう。
「ビール、飲みます?それかコーヒーか。インスタントですけど」
立ち上がった。
「褒めたご褒美?」
「褒められた気分にあんまりなってないですけど」
「ビール頂戴」
「はいはい」
冷蔵庫を開ける。
田端さんにビールを一本渡して、自分はコーヒーを入れた。
「じゃあとにかく、米原さんに会いに行く勇気が出るまで付き合いましょうか」
「ズバリなこと言うね」
「他に誰もいませんし」
「他にって、高野くんとか?」
「なんでそこで高野さんが」
「仲良いから。たまにここにも来るんだろ」
……。
そう言われて、思わずため息が出た。
「仲、良くありませんよ」
「…高野くん、営業行ったから、忙しくて遊んでないとか?」
「…まあ、それもあります」
「可哀想に」
「原因、田端さんでしょ」
高野さんが営業に異動したのは、田端さんの穴埋めだ。
「俺のせいじゃないよ。配置を決めるのは人事」
切り返された。
ちょっと調子出てきたみたいだ。
調子出てきた田端さんはちょっと面倒臭い。
「はいはい。そうですね」
適当にあしらったら、田端さんが『ごめんね』と言った。
調子出ても面倒臭いが、しおらしい田端さんなど、却って気持ち悪い。
「いや、ホントに人事が決めたことですから。それに謝るんだったら高野さんに謝ってください。本当に忙しそうだし、俺、会う予定ないですし」
会う予定、無いや。
なんか、嫌な気分になってきた。
「拗ねてんの」
「拗ねてないですよ」
多分、もういろいろ諦めはじめてるだけ。
「早く米原さんに電話でもしたらどうですか」
そう言ったら、田端さんは軽く無視した。
「加藤くんも、高野くんの世話してないで早く彼女作ったら?」
「俺は世話になってる方です」
「前に、好きな子がいるって言ってたけど、どうなった?」
「どうにもこうにも」
うまくいきません。
スマホを持ち上げて、検索した。
通話。
すぐに繋がった。
「米原さんですか?」
田端さんの目が見開かれた。
「見せたいものがあるんですが、今からうち来ます?」
え?っていう米原さんの透き通るような声と、目の前の田端さんの更に慌てた顔。
「米原さんが会いたがっている人が」
「こら!」
思わず、田端さんが声を出す。その声に、すぐに米原さんが反応した。
『え?何?田端?そこにいるの?』
「いますよ」
「こら馬鹿何言って」
『田端!』
米原さんの大声が部屋にまで鳴り響いて、俺は大慌てでスマホから耳を離し、田端さんがそれを支えるように受け取った。
『なんで会いに来ないでそこにいるの!』
「ごめん、ごめんなさい」
『もういい、もう知らない!』
「ヨネさん、ごめん!」
通話の切れた音。
立ち尽くす田端さん。
ざまあみろ。
珍しいな、俺。
ざまあみろなんて思うなんて。
「やってくれたね」
田端さんが俺を恨めしそうに見る。
「背中、押してるんです」
「俺のプランとか無視して」
「ノー・プランでしょ。早く行ってあげてください」
「…加藤くんのそういうところが俺は好きだけどさ」
田端さんは、ゆっくりと玄関へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます