第6話 ゆっくり



 ベッドで横になったまま、お互いの最近のことを報告し合った。

 高野さんの新しいお仕事、俺の滅茶苦茶な引継ぎ後の仕事のこと。

 春までのバイトさんが、とてもしっかりしていて助かります、とか。

 田端さんの引き継ぎ書がかなり「田端色」強くて、とか。

 心音を伝えるために握った手を、俺はずっとそのままにしていた。

 ドキドキするし、でもすごく落ち着くし。

「ずっと、このままでいたいですね」

「ん?」

 きゅっと手を揉む。

 高野さんが手を引き抜こうとするのを、ギュッと捕まえる。

 会話と手の遊び。

「やっぱ、高野さんといると安心する」

「…そう?」

「…うん」

 そうやって話しているうちに、高野さんは眠ってしまった。

 シャワー、使ってもらった方が良かったかな。

 でも、毎日忙しくて、疲れているだろうからこのままにしておこう。

 握っていた手を、名残惜しくギュッと握って、離した。


 飲んだ時に外していた例のネクタイが、胸のポケットからはみ出していたので、そっと抜き取ってハンガーにかけた。

 二つ三つボタンを外したワイシャツの胸元、首から鎖骨にかけての白い肌が見えて緊張する。

 ちょっと、触れてみたい気がした。

 でも、寝ている時に勝手に触っちゃいけないって思って、それは我慢して、頭を撫でてみた。

 俺の髪は硬くてごわごわしているけど、高野さんの髪は一本一本が細くてサラサラ流れている。撫でていたい。

 …こういうところが『王子』なんだろうな。


 高野さんに、そっとタオルケットをかけた。




「で、連絡はついた?」

 月曜の朝の米原さんの挨拶はそれだった。

「ええ、はい」

「…会った?」

「はい。会えました」

 素直に言ったら、米原さんが『いいなぁ!』と吠えた。

「米原さんも、会ってきてください。もうすぐ連休だし」

「いやだ、こっちから会いに行ったら、向こうの親に会うことになるじゃない。まだ付き合ってそんなに日が経ってないのに重いわ~」

 なるほど。

「じゃあ、田端さんに来てもらえばいいじゃないですか」

「それはそうだけど、転職したばかりだし、忙しそうだから」

 あ、俺と同じ過ちを。

「米原さん、俺もそれと似たような遠慮をしていたのが今回失敗の元だったんで、なんでも言ってみたほうがいいですよ」

「…そう?」

 俺は大きく頷いた。

 俺は、高野さんが忙しいと思って遠慮をしていたし、高野さんは、俺があんまり連絡を取らないので、怖くて連絡できなかった。

「やっぱ、コミュニケーションは大事だと思いました」

「じゃあ、加藤くんはコミュニケーションが取れたのね」

「…いや…」

 どうだろう。

「まだ、足りない気がしています。まだ相手のことでよく分からないことが多いし、俺も伝えきれてないことがあるなって」

「加藤くん、真面目だ」

「そうですかね…なんっていうか、やっぱまだ気を遣って訊けないこととかいっぱいあるし」

「ああ、分かる。すっごく下らないことから始まって、芯の部分までね」

 

 高野さんっていつから俺が好きなの?とか、いつから男性が好きなんですか?とか、もう、とてつもなく下らないことが気になっている。でもこないだの会話の中で、どうもその二つがかなり近い時期であるような気がしている。もしかしたら同時なのか。

 あと、どれくらいずっと一緒にいようと思ってくれているのかな?っていう重い部分の疑問など。

 でも、下らない事と芯の部分って、微妙にリンクしているような気もする。


「まあ、でもとにかく、もっとお互いに連絡を取ってもいいんじゃないかって話はできましたんで」

 一歩前進と考えたい、と思う。

「…加藤くんって、いい意味でマイペースな子って思ってたけど、それにしても恋愛進度はカタツムリレベルだね」

「え?そうですか」

「コミュニケーション取るためのコミュニケーション取って土日終了とか、カタツムリ以下」

 ああ…そう言われれば確かに…。

「でもさ、それでも私よりは着実に、前に進んでいるのよね。加藤くんって、いつもそういう感じ」

「…そうですか?」

 褒めてくれているのかな。

「一ミリでも、進んでいるんだもんね」

「…はい。そう思いたいです」

「好きなんだね、相手のこと」

「え?いや、そりゃまあ…もちろん」

 当たり前じゃないですか。

「大事にしてるなぁ」

「はい」

 高野さんの事も、高野さんとの関係も、とても大切です。

「朝からおノロケご馳走さま。…私も頑張るわ」

「はい、米原さんなら大丈夫ですよ」

 可愛いし、優しいし、行動力の人だ。


 一日に二回はメールしよう。

 返事が遅くても気にしない。高野さんが本当に俺のことを好きで、不安になるくらい好きでいてくれるのが分かったから、俺は、自分が不安になるんじゃなくて、高野さんを安心させられる人間でありたい。


『おはようございます。金曜日会えるの楽しみです。また泊まっていってください』


 金曜日は歓送迎会だ。

 二人で飲みに行くのとは違うけど、とにかく会える。それに多分泊まってもらえる。

 あと、高野さん、休日も仕事に出る日があるみたいだけど、またもし土日に空きがあったら二人で出かけてみたい。

 テニスできるところに行くのもいいし、単純に映画とか、買い物とか、なんでも。

 で、それがダメだったら、一人でネクタイ買いに行こう。高野さんにプレゼントしたい。

 …俺、意外と独占欲が。吉田先輩に対抗意識が芽生えている。

 吉田先輩とまともに戦ったら絶対に勝てないんだけど、この件は、高野さんが俺を好きだって言ってくれてるから、勝たせてください。


 妄想していたら、すぐに短い返事が来た。

『おはよう。久々の総務会楽しみです。』

 内容を確認して、スマホを鞄に直したら、米原さんと目が合った。『好きな人からメールが来た』って、ばれてる。

 米原さんが『よかったね』って顔をしている。

 ピースサインを返した。


 

 

 

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