第18話 夜と朝

 俺は単純だから、高野さんが近くにいてくれると結構気持ちが安定する。

 高野さんも同じだといいなと思っていたけど、違うんだなって気がする。

 この人は俺より繊細だ。元々周りに気を遣う人ってことは分かっていたけど、付き合うようになって、俺が思ってたよりもずっと考え過ぎちゃう部分があることに気付いた。

 そういうの、馬鹿にしちゃいけない。かといって寄せすぎるのも良くない。

 まずは、高野さんが俺とは違う感覚の持ち主だってことは忘れないでおくべきことだと肝に銘じる。

 そのうえで、できれば同じようにお互いにホッとするような関係でいたい。

 傍にいたい。


「俺はやっぱ…加藤みたいに割り切れないかも」

 田端さんに、二人のことを言おうって言った件を高野さんが蒸し返す。

「いや、割り切ってるわけじゃないです。あんまり考えてないんですよ。根が適当なんで。…すいません」

 田端さんに「うまくいってる」って電話しますか?って、冗談で言った。けど、冗談抜きで、田端さんに言ってしまってもいいんじゃないかと思ってる。いつもビックリさせられるから、仕返しをしてみたかったり、田端さんに言っても何も変わらないだろうと思うから。

 まあ、それはもちろん俺と田端さんの間の、信頼関係といえるかどうか分からない信頼関係から来ている部分でもある。

「俺、実は田端さんのことはかなり信用しているんで」

「ああ…うん。きっとそうだね」

「良い人なんですよね、曲者は曲者だけど。嫌いじゃないっていうか、まあかなり好きな部類の人です。メシ行くのも気を遣わず連れってもらってたし。九州行って、米原さんの次に俺がショック受けたと思います」

 そう言ったら、

「いやいや、加藤より米原さんより、一番田端さんのこと好きだったのは会社じゃない?」

と、高野さんに返された。

 …確かに。

「田端さん、成績良かったんですよね。取引先にもめっちゃ気に入られてたんでしたっけ」

「うん。だから案件も多いし、急に引継ぎを受けた俺のプレッシャーも凄いんだよ。正直迷惑」

 とほほな表情の高野さんが可愛い。

 ぎゅっと抱きしめた。

「無理しないでくださいね」

「…うん」

 俺の身体に回された、高野さんの腕の力が少し強くなる。

「大丈夫大丈夫、俺は面倒なこと、結構大丈夫」

「まあ、確かに高野さんはそうだと思います」

 降りかかる災難には強い。

 自分から何か仕掛けるのはそんなに得意じゃないのかな。…いや、そうでもないか。どうだろう。

 腕の中の高野さん。

 いや、俺が腕の中にいるのか。

 この際どっちでもいい。

 掴まえた、なんて思っちゃいけないんだろう。

 けど、でも、やっと掴まえた気がする。


 次、いつ会えますか?訊いてもいいかな。嫌われるの怖い。でもきっと高野さんは俺のことを嫌ったりしない。大丈夫。大丈夫。


「次、いつ会えますか?」

 恐る恐る訊く。すると意外にスルッと答えが返ってきた。

「夜遅く来てもいいならいつでも」

 ホッとする。忙しいって一言で済まされなかったことが嬉しかった。

「あんまり遅いと寝てるかも知れませんけど。いっそ、引っ越してきます?」

「いや、無理、狭い」

 調子に乗り過ぎた。理由が『狭い』であっても、『無理』って言われるのはちょっと悲しい。

 でも今は前向きに考えられる。

 俺は悲しいと思っているけど、高野さんは悪気が無い。

 こういう差異を、事実として、淡々と受け止めたい。

「じゃあ、まあ引っ越しは無理でも、いつでも勝手に泊まりに来てください。鍵渡しておきますから」

 だから、もう勝手に悩んでフェイドアウトしようとしないでください。

「鍵?」

 訊き返された。

「うん」

「…ありがとう」

 もっとぎゅっと、俺を抱きしめる力が強くなった。



 朝になってスマホを見たら、俺にも田端さんから着信があった。一度だけ。高野さんに電話した前?後?

 …なんか、言われるかな。

 言われたら言い返してみたい気がする。高野さんとよろしくやっていましたとかなんとか。

 でも、高野さんが困るだろうから、しばらくは駄目だな。


 高野さんが眠っている間に鍵の予備を探す。契約した時の書類と一緒に直してたかな。

 無い。

 あ、そういえば。

 思い付いて、玄関の靴箱を開く。空いた段に適当に置いていたのを発見してホッとする。

 合鍵合鍵。

 …合鍵。

 合鍵!?

 そうか、これ、合鍵か!

 ……。

 昨日、鍵を渡すと言った時、高野さんが『鍵?』って訊き返して、俺をぎゅっと抱きしめてきた意味が分かった。

 俺はあまり鍵を渡すことに対して深い意味を感じていなかったんだけど、確かにコレ…結構重いやつだ。

 手の中の鍵を握りしめた。

 

 

 


 

 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る