第5話 接近

『高野さんが、女の子と付き合わない』と明言するのを初めて聞いたし、更にそれを吉田先輩が知っているっていう事実も俺にとっては超謎。


 どういうことですか?と怪訝な表情を浮かべた俺に、高野さんはちょっと苦笑いで答えた。

「大学入るまでに女子と付き合ったことがあったけど、違和感があって。大学入ってから、吉田に付き合ってって言われたとき、女の子を好きになったことが無い、これからもずっとそうだし、吉田とも付き合えないって正直に言ったんだよ」

「でも、それでもあと二回、告白されてるわけですよね」

 そう考えると、吉田先輩、最強じゃないか。

「それが…理屈は良く分からないんだけど、俺が誰とも付き合わないし、誰にでも良い顔するのを見て、つい言ってしまうと言っていた」

 なるほど。高野さんは自分のことだから見えてないんだろうけど、その吉田先輩の気持ちはちょっと分かる気がする。

「ま、その時も、加藤のことは言ってないよ」

 え?

「俺?」

 何故そこで俺登場。

「うん、加藤のことが好きだっていうのは、一度も言ってない」

 飲みかけのお茶を噴きそうになった。

「...へ?」

 それって、俺が好きだから吉田先輩を断り続けているということ?


 この後に及んでいつから俺のことが好きだったんだとか無粋なことを訊くつもりはない。

 けど、いつから俺のこと好きだった?

 なんか、思っていたより高野さんの片想い歴、長い?

「あの、俺…」

 どういうことだ?と思いながら、自分を指差して言う。

「俺、こんなのですよ?」

 多分、めちゃくちゃ普通の二十三歳ですが…。

 そうしたら、高野さんが笑いながら立ち上がった。

「こんなのって、何?」

 そう言いながら、俺の傍に来た。

 あわわわわ。

 顔、両手で挟まれた。

 あ、これ、こないだの逆だ。

 そう思ったときには、唇が重なっていた。


 ふわっと触れる。

 それからちょっと圧がかかった感じになった。

 ちゅっ、と吸い付きながら離れた。


「た、たたた、た」

 高野さん!

 高野さんが、俺を見降ろしている。

 どうしてだろう、悲しい顔。

「この前、キスしてくれて、ありがとう」

「え?あ、はい!」

「…嬉しかった…」

 そう言った高野さんの表情、驚くほど切ない。

 俺からのキスが、高野さんの中で、既に思い出みたいになってしまっている。


 違う。違うって。


 俺の目の前で立ち尽くしている高野さんの手を、ギュッと握った。

「加藤?」

「高野さん」

 少し、引っ張った。

「高野さん」

 もっと来て。

 いや、俺から。もっと。


 強く引いて、バランスを崩した高野さんを抱き寄せて、寝かせた…というか、俺が座ってたベッドに押し倒したみたいになってしまったのだが、とにかくもう抱きしめたくてたまらなかった。

「加藤!?」

 高野さんが驚いている。

「高野さん、好きです」

 もっと強く抱きしめて、その肩に顔をうずめた。

「…加藤?」

「ちゃんと、好きです。本当に。本当です」

 伝われ!って、強く願う。

「俺、高野さんが」

 一言一言、区切って、一生懸命。

「好きです。本当です」

 そうしたら、高野さんの腕がゆっくり俺を抱きしめ返した。

「加藤…ありがとう」

 ありがとうって言葉が、伝わってない感じがして、もどかしい。

「ありがとうじゃなくて」

「うん」

「好きですって」

「うん、分かった」

「本当ですか?」

「...いや、ごめん、まだかも」

 やっぱり。

「酷い」

「だって」

「さっき、恋人って言うって言ってたじゃないですか」

「それはちょっと強がって」

 なに、それ。

「信じてください」

「うん」

 嘘だな。

 またキスしたら信じる?

 …って、あれ?


 考え始めたら、ちょっとドキドキしてきた。

 衝動的に抱きしめたけど…うわあ。なんか、ヤバい。ベッドに横になってるし!

「高野さん」

「ん?」

 慌てて身体を離して、でも、高野さんの手を、俺の胸のあたりに持ってきた。

「高野さん」

「ん?」

「ほら、ドキドキしてるでしょ」

「あ…うん」

「好きだからですよ」

「うん」

 駄目だこりゃ。『うん』しか言わない。

「まあ、いいです。ゆっくりで」

「うん」

 高野さん、何をこんなにこじらせているんだろう。

 でも、今の俺にはそれは分からないし。

 けど…せっかく傍にいるんだから、やっぱりキスさせてもらっていいかな。


 ちゅっ、って、軽くしてみた。

 綺麗な顔だ。

 ドキドキする。

 笑って欲しいな。

 今日、会えてよかったな。

 今日会えて良かったって思っていること、ちゃんと伝えておこう。

「今日はやっと会えて嬉しい。ずっと会いたかったです」

 そう言ったら、高野さんがニッコリした。

 良かった。

「俺も会いたかった。でも、やっぱり違いますって言われる気がして怖かった」

 こらこら。

「想像で傷付かないで俺にちゃんと聞いてくださいよ」

「そうだね」

「これからもっと連絡しても…いいですか?」

「うん」

 そうだ。

「今日、メールしてから返事がなくて、俺こそ『ヤバい』ってずっと思ってて」

「ごめんな」

「いや、それで…メールチェックばっかりしてたから米原さんにいじられて」

 高野さんが、はははと笑った。

「想像つくなあ」

「でしょ」

「米原さんはそういうの鋭いしね」

「そうなんですよ」


 月曜に、報告しようかな。ちゃんと会えましたって。



 


 

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