第4話 店から部屋へ


  恥ずい…。

 言ってしまってから、滅茶苦茶恥ずかしくなってじっとビールだけ見つめていたら、高野さんが俺の肩にちょん、と手を置いた。

「…?」

 振り向いたら、顔を真っ赤にした高野さんが、

「ごめん!」

と俺に謝ってきた。

「え、いや」

「ごめん、そんなふうに思ってくれてたって…知らなかった…」

「いやいや、俺が悪いんです。疲れてるかなとか勝手に思っちゃって、あんまり連絡しなかったから。でもつい」

 つい、ぐるぐるのモヤモヤがこぼれてしまいました。

 申し訳ない…。

 すいません、と言おうとしたら、高野さんが噛みしめるように言った。

「そっか、…気を遣ってくれてたんだ…」

 はっきり言って連絡しなかったことも、約束を取りつけなかったことも全部俺の憶測による勝手な行動が原因なのだが、目の前の高野さんは頬が紅潮しているし、なんか…感激しているっぽい。

「すいません」

「ううん…俺は…あんまり連絡が無いから、あれは無かったことになってるんじゃないかって不安になってて」

 あれ…って?

 ああ、あれって、あれか…俺が会社でキスしたことか。

「いや、それは」

「忙しいし不安だし、なんか混乱して」

「あの、すいません、ごめんなさい」

 不安にさせてごめんなさい。

「実はこんな性格だし、俺、加藤にとって色々重いだろうなって」

「いや、あの、重くていいです。重くて」

 高野さん、もしかして結構乙女なのか。

「だから今すごく…ほっとした」

「それは、良かったです…っていうか、その話、後でしましょうか」

 キス話に絡む話を人前でするのは俺は無理だ、ここ、カウンターだし。

「あ、ああ、うん。そうだね、確かに」

 高野さんが我に返った。

「それか、空いてる席、移ります?」

「…いや、いいよ、ここで」

 数秒で高野さんが元の高野さんに戻った。

 さっきの乙女な高野さんも興味深いけど、人が多いし、とりあえず元に戻って良かった。

「お仕事忙しそうだから。疲れてるんじゃないですか」

 そんなふうに、話題が微妙に変わるように、振ってみた。

「それは異動したばかりだから。知らないこと多いし、勉強中」

 高野さん、仕事モードへ。

「総務は相変わらずですよ」

「そっかぁ」

 総務を思い出して、高野さんがニコニコしている。

「まあ、俺は高野さんが抜けて苦しんでます。みんなにも『お兄ちゃんいなくなったけど頑張れ』みたいなこと言われて茶化されて」

「お兄ちゃん?そういうこと言うの、みんなっていうか、係長?」

「あはは。そうそう」

「一か月も経ってないのに、懐かしいな」

 こちらこそです。高野さんが抜けて一か月も経っていないのに、高野さんが懐かしい。



 二人でコンビニに寄って、飲み物を買って帰った。

 高野さんの歯ブラシはある。お泊りしても大丈夫。

 家にあがってもらうの、ちょっと緊張するな。あれから初めてだし。

 散らかってますけど、と言いそうになったけど、高野さん、俺んち何度も泊まってるから知ってるや。何を今さら、だな。

「ただいま~」

「お邪魔します」

 そう言いながら部屋に入る。

 いつも高野さんがベッド代わりにしているソファに、いつも通り高野さんが座る。

「テレビとか、勝手につけてくださいね。さっき買ったお茶とか、冷蔵庫入れときますんで」

「ありがとう」

 で、俺もいつも通りベッドに腰かける。

 テレビ。

 ドラマ?は見ないか。ニュース?バラエティかな。

 しーんとしているのが嫌だな。気恥ずかしいから。

「なあ、加藤」

「はい?」

「あんまり気を遣わないで」

「…はい」

「お前が気を遣うと、俺も遣っちゃうから」

 そうですね。ほんとに。

「あと、さっきの続きだけど…吉田に会ってごめん」

 おおお、急に巻き返された。

「いえ、それは高野さんが謝ることじゃないです。ほんとに。俺の嫉妬です。それもかなり勝手なやつ」

「いや、ごめん。加藤が『嫉妬』してくれたことが、なんか嬉しいけど、もっと気をつける」

「いえ、友だちには会ってください。そういう縛りとかは嫌なんで」

「うん、ありがとう。それで、あの…」

 わりとスラスラ話していた高野さんが言い淀んだ。

 テレビはバラエティにしよう。騒がしい方が。そう思ってチャンネルを決めて、リモコンをテーブルに置いて高野さんに向き直る。

「どうしたんですか?」

「加藤はさ、…俺の…こ、恋人ってことでいい?」

「えッ!」

…急な直球にびっくりしたけど、ちゃんと答えなくては。

「あ、はい。もちろん」

「だったら、俺、吉田に恋人できたって連絡する。そしたら吉田からは連絡無くなると思う」

「ええっ!そこまでしなくても」

「俺がしたいから」

「いやいや」

「相手が加藤ってことは言わない」

 真剣な顔でそう言うので、それ以上、止めるのもやめた。

「…じゃあ。はい」

 こちらも真剣に頷く。

「必要な場合は相手が俺だって言ってくれても」

 ちょっと不安だけど、吉田先輩を信頼して。

「多分それは言わなくても大丈夫」

「そうですか…。分かりました。高野さんの友人関係だし、お任せします」

 なんか、重めの会議みたいになっているぞ。

 ふ~。

 お茶、取ってこようと立ち上がりながら、高野さんに事情を話す。

「実は、吉田先輩から、高野さんに三回告白して駄目だったっていう話を聞いてしまってて…そんなのもあって心配になってしまいました」

「え?そんな話したの?」

 高野さんにもお茶を渡した。

「はい」

「あ、ありがとう。…じゃあ言うけどさ、吉田は俺が女の子と付き合わないの、知ってるよ」

「え?マジですか」

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