第7話 歓送迎会
「加藤くん、すっかり恋しちゃってて」
米原さんが係長に告げ口した。
「え?そうなの?」
係長が嬉しそうに話に乗ってきた。
「職場の子?」
この場合、どう答えるべきか。職場の人です、って正直に言ったら「誰?誰?」攻撃が始まってしまうからなぁ…。
「いや…まあ…大学の時の…」
濁しておこう。大学の時に知り合ったことは嘘では無い。
「へえ…。加藤ちゃんらしいね」
「何がですか?」
「大学の時に知り合っておきながら、今ごろ…」
「それ、俺がどんくさいってことですか?」
そう言ったら、係長も米原さんも笑った。
「そんなハッキリ言ってないじゃない」
「色々気付くのが遅かったんですよ。確かにどんくさいです。でも、だから、今、頑張ってます。…あんまり人に言わないでくださいね。お二人だけですよ」
金曜日の歓送迎会。高野さんから少し遅れてしまうと連絡があって、じゃあまずは中村さんの歓迎会だね!っと乾杯したところだ。
俺は係長と米原さんと、同じ鍋をつつく位置に座ってしまって攻撃を受けているところだった。
「え?高野は?」
「高野くんには言ってないの?」
二人がほぼ同時にそう訊いてきた。
「高野さんはもう異動されましたし、忙しいでしょうし、俺のことなんてどうでもいいですよ。わざわざそんな話」
「あんだけ世話になっておいて、そういう面白い話をしないのは礼儀に反するんじゃないか?」
と、係長が言う。
「面白い話じゃありません」
「面白いって。だってあの加藤が…ははは」
いやいや。今、どうして笑ったの。
「なんで笑うんですか。俺、恋愛向いてませんかね?」
「向いてないことないと思うけどさ、とにかく加藤ってマイペースだから。もう正直どんなことになってるのか、おじさん気になるね!」
「それがね、係長。加藤くんって超スローペースなんですよ」
「米原さん!」
「え?なになに?その話、もう少しちょうだい」
あ~あ、もう。
「俺の話はいいですって。どうせどんくさくって遅いし。とにかく、高野さんには言わないでください。わが社の王子ですよ。俺のコイバナなんか、絶対興味ないですから」
「そっかなぁ。需要あると思うけどなぁ」
「ないですって」
そう釘を刺していたら、貸し切り個室のドアが開いて、高野さんが入ってきた。
「すいません!遅れまして!」
「あ!主役だ、主役が来た」
誰かが言った。
「高野くん、そこ空いてるよ、加藤くんの隣」
…やっぱり。空いているとは思ってた。
「え?あ、はい!」
高野さんが上着をハンガーにかけて、俺の隣に来た。
「遅れてすみません」
「仕事、忙しそうだね」
係長が空のグラスにビールを注ぐ。
「じゃあみんなで乾杯し直そうか!」
課長の号令。
みんなわあわあ立ち上がる。課長が高野さんに声をかけた。
「高野くん、異動で大変な時期だと思うけど、来てくれてありがとう。二回目乾杯の音頭お願い!」
それを受けて高野さんが、
「遅れて申し訳ありませんでした!」
と、再度勢いよく謝罪した。
「それでは、みなさまの健康とご多幸をお祈りして…乾杯!」
「乾杯!」
グラスを鳴らす。高野さんは一時的に他の席にも声をかけに行き、戻ってきて、それから俺を見て『待たせたね』ってふうにグラスをかざした。
その間、俺は高野さんを遠く感じたり、近く感じたり。
係長が『やっぱ忙しそうだね』と水を向け、米原さんは鍋を小椀に取り分けて渡している。
「ああ、すみません、自分でやります」
「一回目だけ」
「ありがとうございます」
俺の隣に座って足を崩し、ワイシャツの袖をまくって一息ついている高野さんの、全てがサマになっている。
俺は、それを横目でチラチラと観察して、『格好良いなあ』っていうありきたりの感想で脳を埋めていた。もうすっかり油断して。
「高野は加藤から報告、受けてないんだよね」
「え?何のですか?」
「加藤の最近の私生活」
あ、こら!
「係長!」
慌てて止めたが、
「加藤、恋しちゃってるらしいよ」
げっ!
「その話、やめましょ。本当に」
言うなって言ったのに!と思いながら、チラッと高野さんを盗み見る。
そうなの?って顔して笑っている。
恥ずかしすぎる!
米原さんが、
「加藤くん、メールのチェック回数増えて、もうあからさまに様子がおかしくって。かわいいよ」
と、暴露する。
「わあああ、もう、やめてください!恥ずかしい!」
だって、本人の前だぞ。
「先週、会えたんだよね。月曜日嬉しそうでさ~。こっちは遠距離なんだから気を遣えっての!」
「すみません、もう本当に、本当にすみません」
いろんな意味で謝り倒す。
「なんでそんなに高野に隠すんだ。高野に浮いた話が無いから遠慮してるのか」
いや、隠すどころか本人ですって。
高野さん、面白そうに聞いている。まあ、面白いだろうけど。
米原さんも『高野くん、先越されちゃったね』なんて言ってる。
俺のことばっかり言われて、恥ずかしいし本当のことは言えないし、キツイなあと思いながら耐えていたのだが、ここで高野さんが意外な一言を繰り出してくれた。
「まあ…最近俺もちょっと頑張ってるんで」
え?そんな、サメの餌食になりそうな言葉をこのタイミングで言ってくれるの?
っていうか、最近頑張ってくれてるの?
あの、それ、もちろん俺のことですよね…?
いろんな感情が混ざって、びっくりして高野さんを見た。
そうしたら、高野さんが俺に、にっこり笑った。
…にっこり。
俺はもうその笑顔に完全にヤられて、顔に血がのぼって倒れそうになったのだが、係長も米原さんも、俺のことなど見ていなかった。
「え?何高野くん何?」
「マジ?高野マジ?」
俺の時と違って、声を潜めて、しかし大興奮している。
「王子が恋愛沙汰は、まずいんじゃないの」
「王子じゃありませんから」
「いや、王子でしょ」
「俺にだって好きな人くらいいます」
「嘘、まじ?」
小声で議論する三人を余所に、俺は『俺にだって好きな人くらいいます』の言葉に痺れていた。
…もう…高野さん…。
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