第13話 相談しにくい
会わないこと、三週間。
九州の田端さんと遠距離恋愛中の米原さんに比べれば、全然大したことないのだけど。
『米原さんのグチ聞き飲み会行ってきます。場所は駅前の『かどや』で、係長とバイトの中村さんも一緒です』
メールを入れた。
返事がすぐに来ないことに慣れつつも、返事がすぐに来ないことに一喜一憂していたときが懐かしい。
「ほとんど会っても無いのにその境地ってことは、もうダメかもね」
米原さんにバッサリ切られた。
「…俺もそんな気がしてきて」
ため息。
もちろん、相手が高野さんだっていうことは誰にも言っていない。おそらく、ここにいる全員が、俺の好きな人が高野さんだってことも、男だってことも、全く思いもよらないだろう。
「でも加藤くんは、好きなんでしょ」
「はい」
残念ながら大好きです。
「もういいやって思える?」
「いえ。でも、行動を起こすたびに失敗してしまうんです。会いに行っても会えなかったり。空気悪くなって。タイミング凄く悪くて」
神様に見放されている気がするほど。
「もうその人のこと、さっさと諦めたら?」
係長が言う。俺は口を尖らせた。
「…告白するのも凄く悩んで、やっと始まったんですよ」
「でもさ、結婚してるわけじゃなし、もっと気楽でいいんじゃないの」
気楽…。無理だ。
「だいたい、辛い恋愛とか、俺キライ」
係長の恋愛観、潔い。
けどさ。
「中村ちゃん、こんなオッサンの言うこと、真に受けちゃダメだからね!」
同じ事を思ったのか、米原さんがバイトの中村さんの耳を塞ぐ真似をした。
「はい」
中村さんは米原さんに素直に従って、
「でも…加藤さん、本当に可哀想」
なんて、悲しい顔をして俺を見た。
中村さんの同情砲、係長の楽観恋愛論以上にボディにダメージを与える。
「加藤くんは、冷たくされて燃えてんのよ。放っておけばいいの」
「違いますよ」
米原さんから見た俺の印象ってそういうものなの?
冷たくされて燃えて、…ないない。
「いや、もう本当にどうしていいか分かんないんですって」
「ああやだやだ、学生時代にまともな恋愛してこなかったからそういうことになるのよ。自業自得よ」
「米原さん、図星過ぎてキツイ」
どんよりしていたら、係長が言った。
「相手、大学の時の知り合い?高野とかも知ってる人?」
うっ。
…その、高野さん…です。
どう返事しようか迷って、小さく頷いたら『じゃあ高野にアドバイスもらえば?』と言われた。
「加藤の知らない情報、入ってくるかもよ」
「…いや…それは」
「え?まさか高野の元カノとかじゃないよな」
「違います、違いますよ」
その高野さんなんですってば。
「なんでも頼ればいいって。高野は加藤ちゃん大好きだから、絶対助けてくれるって。助けたくて助けたくてうずうずしてるんだから」
相手が高野さんじゃなかったら、高野さんに助けを求められるんだろう。
でも、相手が高野さんだから、高野さんに助けてもらえない。
…いや、助けてくださいって、言ったらいいのか。
席を外した。
『かどやで飲んでます。高野さんに会いたい』
仕事の邪魔をしてはいけない。
重いタイプになりたくない。
そう思って、これまで言わなかったことを文章にしてみた。
『もっと会いたい』
他の人に囲まれていると、余計に寂しくなってしまう。
『忙しいの分かってます。でも、寂しい』
送信した。
席に戻ると、話は中村さんのことに移行していた。
「加藤ちゃん、すごいのいたよ、彼氏海外だって」
「は?」
「中村さんの彼氏」
俺にそう言った米原さんを、中村さんが『広めないでください』と止めている。
「だから、米原さんも九州くらいで負けてちゃダメってことで」
謎の乾杯儀式が始まっている。
「海外とか九州とか、みんな海の外か」
「それでも頑張ってるんだもんね」
「なんだ、結局一番恵まれてるの、加藤ちゃんじゃないの」
恵まれているのかなぁって思いながら家路につく。俺と高野さんの、家は海の外ほどは遠くない。あと、職場は…部署は違えど、同じ。
ただ、意思疎通ができていないだけ。それをどうしたらいいか分からないだけ。米原さんが言った通り、俺は学生時代にここまで悩むほどの恋愛をしてこなかったと思う。だから対処の仕方が思いつかない。初めて高野さんに告白されたときに、もう二度と会わない人だからと心の中で流してしまった。あの時もっと真剣であるべきだったのかな。
でも、あの時は、結局高野さんも『言い逃げ』をしたんだと思ってる。もう少し早く知っていれば。やっぱり俺は高野さんのことを好きになっていた気がしている。だって、高野さんといる時の、あの柔らかな空気が好きだから。
やべ。
ちょっと泣けてきた。
大学の時に戻りたいと思ってしまって。
大学の時からちゃんと恋愛をしておきたかった。高野さんと。
メールの返事は無い。
うちに戻ると、玄関の前に背の高い誰かが立っていた。
「よお」
ほんの少し人を小馬鹿にしたような笑顔。
「た、田端さん!」
なんでここに。
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