第3話 待ち合わせ
約束の場所、午後七時。
…そわそわ。
微妙な時間に仕事が終わってしまった俺は、一度マンションに戻り、特に意味もなくシャワーを浴び、長袖のTシャツ&ジーンズに着替えて再度部屋を出た。
五分前に到着。
高野さんが仕事で遅くなっても仕方がない、と観念しつつカウンターの席に座る。
「連れが来ますんで」
店員さんにそう声をかけてウーロン茶を頼む。
七時になった。
ドキドキしてきた。
今日の午後に見た、あのスーツ姿のまま来るだろう。めちゃくちゃカッコ良かった。ネクタイのグリーンが髪や肌、スーツの色と完全にマッチしていた。思わず『完成品』という言葉さえ思い浮かんだ。その証拠に高野さんが去った後、俺が我に帰ると、隣の席の中村さんも彼の去ったドアを見つめてぼんやりしていた。
「中村さん、今の人がこないだまでその席に座っていた高野くん」
米原さんが紹介した。
「王子様でしょ」
「はい!」
女子二人でキャッキャ言ってる。
分かるよ、分かるよ、うん。
まあ、分かるからって渡す気はないけどさ。
…あんなに王子なのに、どうして俺?って思わなくもないんだけど。
七時を十五分ほど過ぎた頃、居酒屋のドアがするするっと開いて高野さんが現れた。上着は脱いで、腕に引っかけている。
もう一度思うけど、『完成品』。
「ごめん、遅れて」
「いえ、もっと遅くなるかもって覚悟してたんで」
俺は隣の席に彼を促した。
「何か飲んだ?」
高野さんが椅子の背もたれに上着をかけ、座りながら俺に尋ねた。俺がグラスを見せながら「ウーロン茶を」と答えると高野さんは「じゃ、生中2杯」と店員さんに告げた。
「メール、ありがとう。返事できなくてゴメンな」
申し訳なさそうに言う彼の表情に、なんだか気持ちがざわつく。嬉しいというか、ドキドキするというか…。高野さんが俺のことを考えてくれているのが嬉しいから。
午後に総務課に現れた時の様子もそうだったし、今もそう。そんなに暑いわけでもないのに、ちょっと額の辺りに汗が光っている。走ってきてくれたんだ。たった十五分遅れたというだけで。
「なかなか返信する暇なくて、それで会社に寄るついでに、総務に顔出してしまった。びっくりしただろ、ごめんな」
「いえ、嬉しかったです」
そう言ってから、ちょっとシマッタと思った。こういう好意溢れる言葉を、誰かに聞かれたら…あんまりよくないかも知れない。
まずいな…と思いつつ、チラリと隣の高野さんを盗み見たら、ほんの少し顔を赤くして照れていた。
あはは。
かわいい。
少し前まで忙しすぎて頬がこけるほど痩せていたけど、今はそうでもないようだ。良かった…と思いながら、引き続きその顔を観察してしまう。
「…ちょっと体重、戻りました?」
「うん。できるだけ食べるようにしてたら少し戻ったかな」
「良かったです」
「うん。俺、痩せると貧弱に見えるからね。仕事がらあんまり良くないなと思って」
そっか。自分の体調管理というより、仕事上食べるようにしてるのか。
そういう考え方、無かったな。
「じゃあまあ、今日もしっかり食べてください」
「うん。ありがとう」
ニッコリと高野さんが笑った時、ビールが「はい!」とテーブルの上に置かれた。グラスをカチンと合わせて乾杯をする。
「うち、泊まってくれたらいいんで、酔っ払っても大丈夫ですよ」
俺がそう言ったら高野さんは、
「泊めてもらうんだったら、あんまり酔いたくないな」
と言った。
その時は、あまりその意味を考えなかった。
ビールを一口飲んで、高野さんがネクタイを外した。くるくると丸めてポケットに押し込んでいる。
「いい色ですね、それ」
何気なくそう言ったら、高野さんは何でもないような顔をして答えた。
「そう?営業に異動になったって言ったら、吉田がくれたんだよ」
「え?」
会った…のか?
「会った…んですか」
「うん。時々連絡くれるから近況報告し合ってて。…先週の土曜日だったかな」
高野さん、普通に言ってくれる。
吉田先輩は、高野さんの大学の同級生だ。二人はとても仲が良く、周囲はみな付き合っていると思っていた。美男美女カップルだと、俺も思っていた。
しかし、実は吉田先輩だけがずっと高野さんに惚れている関係だった。
俺は吉田先輩から、高野さんに三回振られたと聞かされた。
それでもまだネクタイをプレゼントするなんて…やっぱり諦めてないんだろうか。諦めていないんだろうな。
それより、忙しくて俺とは二週間も会ってなかった高野さんが、その隙に吉田先輩とは会っていたっていうのがショックだった。いや、勝手に俺が遠慮して会う約束を取り付けてなかっただけなんだけど、それでも…。
でも二人は親友だし。
けど、吉田先輩は高野さんに三回も告白してるんだぞ。
高野さん、どういう気持ちなんだろう。
いろいろな考えが頭の中をぐるぐると廻ってしまう。
黙ってしまった俺の顔を、高野さんが覗きこんだ。
「どうした?加藤」
「いえ…」
ここで嫉妬深いところを見せるのは格好悪いよな。格好悪いって思うけどさ。
ドロドロのぐるぐるが処理しきれず、小さい声でつぶやいた。
「俺だって…会いたかったのに」
「え?」
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