そのあと(『ちょっと待って!』のつづき)
石井 至
第1話 会えない
新着メールが来てないか、見る。なんの連絡も入っていなくてため息をついた。昼休みはもうすぐ終わってしまう。でも、営業の高野さんには昼休みの時間なんてきっちり決まっていやしないのだろう。仕方がない。
『今日、うち来ませんか?』
俺が入れたメールはそれだけ。
でもかなり勇気のいる一文だった。そして返事がなかなか来ない今、送信してしまったことを思いっきり後悔している。やっぱり電話で直接話すべきだった。すぐに返事がもらえないっていうのは…不安を煽る。ただでさえ高野さんが俺の事をどう思っているんだかよく分からない状況だから。
「どうしたの~?」
総務課の自分の机に突っ伏していたら、ランチから戻ってきた米原さんに声をかけられた。俺はのったりと身体を起こす。
「いや、なんでもないんですけど…」
もごもご返事をしたら、彼女はニヤリと笑った。
「加藤くん、彼女できたでしょ」
「え!?」
「図星?」
「い…いや…」
高野さんは男なので、正確には『彼女』ではなくて『彼氏』だ。しかしそんな訂正ができるわけもない。俺が返事に困っていると、米原さんはもっとニヤニヤしながら続けた。
「なんか最近携帯チラチラ見てるよね。…あ、彼女ができたんじゃなくて、頑張ってるところか」
う…。正確には、そっちかも。
だって、あれからほとんど会ってない。
大学時代、高野さんに告白された。
え?同性?と驚いた俺は反射的に断ったわけだが、一年後に就職先で再会し、社会人としての模範的な行動と仕事ぶりを目の当たりにし、…いや、違うな。他にもいろいろ惹かれる点は多々あって、まあ最終的には思い切って告白し、高野さんからも「ずっと好きだった」と返事をもらったわけだが。
その後は、とにかく高野さんが忙しすぎた。ちょうど営業部に異動したところで、朝から晩まで仕事をしている。気を遣って平日は連絡を控え、休みの日に電話したが、すごく疲れてるようだったので『会いたい』とワガママを言うのは諦めた。
でもさ。
好きだったら、高野さんの方から会いたいって言ってくれてもいいんだけどな。俺だったら疲れていても、好きな人には会いたい。
そういうモヤモヤ状態。
実はここ二週間くらいは顔も見ていなくて、そうなるといろんなことが不安になってきた。
俺が高野さんに『好きです』と言った時の、彼の困惑した表情とかを思い出したりする。本当に両想いと思っていいのかなぁ…。
告白の時、あまりに信じないから、俺から軽く高野さんにチュッとさせてはもらったものの、高野さん、俺の軽めのキスも想定外というか、引いていたのかもなぁ…。
絶対に振り向かないと信じていた俺が振り向いてしまい、よく考えたらやっぱ男だよな、と目が覚めてしまった、とか。
ああ、どうしよう。
とにかく会って話がしたいです。
俺の住んでいるマンションは会社から近いので、実家から電車で数十分かけて通っている高野さんに、帰りに寄ってもらったら会えるかな、今日は金曜日だし…などと軽く軽く考えて、メールを入れてしまった。
でも『夜にうちに来い』だなんて、よく考えたら過激な内容だ。
高野さん、びびって返事できないのかも知れないぞ。
顔が見たいだけ。
悪い事考えてないよ。
高野さん、仕事中で、それでメールの返事が返せないだけだ、と信じたい。
でも、もしかしたら内容を見て困っているのかも知れない。
単純に、顔が見たいってメールすれば良かったのかな…。
ああ。
何もかも失敗している気がする。
会いたいなあ。
高野さん、会いたいです。
「で、相手が忙しくてなかなか会えない、と」
俺の、相手が誰だとか、相手が男だとかいう『最重要事項』を省いた簡単な状況説明を聞いて、米原さんが軽くまとめた。
「まあ、そうです」
「相手も好きって言ってくれたけど、一回もデートしていない、と」
「はい…そうです」
俺がしょげていると、米原さんが突然爆発した。
「いいじゃん!近くに住んでるんでしょ。私なんか相手九州なんだよ!」
米原さんがそう叫んで俺の肩をベチッと叩いた。米原さんの彼氏は元々うちの社員だった人で、今は九州で実家の農家手伝い&地元農協職員として働いている。
「…そうですね。遠距離恋愛ですもんね」
「そうよ。全然会ってないよ」
「でも、いいじゃないですか。お互い気持ちが通じ合ってる上に結婚の約束までしちゃってて。羨ましいですよ。俺なんか自分の置かれた立場さえ良く分かんないですから」
愚痴を言うと、米原さんが反論してきた。
「結婚の約束って言ったって、別にいつって決まっているわけじゃないもん」
「それでも、お互いそういう意思があるって分かってるでしょ。俺なんか…ほんとに俺のこと好きなのかなってレベルですから」
深い深いため息。
少しは米原さんも分かってくれたか、トーンを落として俺に同情してくれた。
「そっか~、翻弄されちゃってんだ」
「翻弄されちゃってます」
俺はもう一度大きなため息をついて、米原さんはふふふと笑った。
可愛いなと思う。小さくて、瞳がキラキラしていて、全体に柔らかそうで、本当に可愛らしい。
そういう、女の人を好意的に鑑賞する目は残っている。それでも俺は高野さんを好きになってしまっていて、一番会いたいのはあの人なのだ。
「加藤くんさぁ、大っ好きな高野くんも営業行っちゃったし、もういろいろ大変だね。頼る先輩もいないし、恋人候補?に放置されるし」
うーん、えーっと、『大っ好きな高野くん』と『恋人候補』は同一人物です。
午後の始業開始のチャイムが鳴る。米原さんが「ま、頑張って」と言いながら俺にヒラヒラと手を振った。席に係長や、アルバイトの中村さんが戻ってくる。俺は最後のあがきで鞄の中のスマホをチラリと見た。
大人しく寝ころんでる。
三時まで、メールチェックをするまいと決めた。ちゃんと仕事をしなくては。
しかし、そう決めた途端に、デスク下に置いた鞄から、マナーモードの振動音が伝わってきた。
…高野さん…かな?
いや、違うかも。
コラコラ俺、三時まで見ないって決めただろ…。
悶々としつつ顔を上げたら、斜め前の席の米原さんと目が合った。『さっきの振動音、加藤君でしょ?見れば?』とその顔が告げている。俺はいいえと首を横に振った。米原さんが『しょうがないわねぇ』という表情をした。
三十分後、俺は誘惑に負けてメール画面を開いた。
レンタルビデオ店の割引招待メールだった。
…今日は安い旧作のDVD借りて帰って、一人で見ろってことかな。
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