第20話 問答
「別れます?」
俺の言葉に、米原さんが顔をあげた。
ギョッとした表情。俺を見ている。
高野さんは今何をしているだろうか。
告白してから、俺もたくさん悩んだ。これからも壁は次々現れる。
助け合って越えられるものなら、多分そんなに苦しくないんだろう。きっと、それぞれ別々に不安が訪れるから、難しい。
別々に苦しんでいる時、相手をどう助けるか。
別々の壁が自分の前に立ちふさがった時、どうやって相手に助けを求めるか。
相手こそが不安の種になった時、俺は、高野さんは、どうやって未来を信じるんだろう。
答えは無い。その時になってみないと分からない。
その未来が不安だから、最初から付き合わないっていう選択肢もあると思う。
…別れてしまうという方法も。
多分高野さんは、どっちかというと、そういう方向を選びがちな性格だ。冒険をしない。慎重に日々が過ぎるのを待つ。怖い事が起こるくらいなら、前に進まない。俺に告白してきたのも自分が卒業するタイミングだった。断られても、会わなくて済むタイミング。
両想いになってでさえ俺から逃げ回る。最悪の事態を想定して、傷付かないように、誰にも相談せずに防御線を張る。
…相手に相談しないで勝手に結論付けていくという意味では、高野さんも田端さんも同じだ。
俺は、高野さんと居たい。だから、高野さんが消極的な答えを求めて俺から離れて行きそうになったら、絶対に連れ戻したい。大丈夫だと伝えたい。そして、もし俺の性格や何かで嫌いな所があって、どうしても一緒に居られないというのだったら、お互いが譲歩できるところまで話し合って、できれば許してもらいたい。
米原さんは?
同性を好きになったのは初めてだったけど、恋愛の本質は、異性との場合とそれほど変わらないと俺は思っている。人と人とが時間を共有すること。理解し合うこと。大切にしたいという想いを伝え合って、実際に大切にし合うこと。
そんな気持ちがあったから、米原さんの恋と俺の恋を結構同時進行の物語として見ていた。
勝手に決めて進んでいく相手に、米原さんはどうしたい?
好きだから、一緒にいたいから、悩んでいるんじゃないんですか?
俺は、いけるところまでいきます。
駄目になるまで。自分から手放すことは、多分しない。
覚悟を決めたから、あの時高野さんに告白できたんだと思う。
もちろん、米原さんと田端さんの間にどんなストーリーがあるのか知らないから、比べることはできないけれど、本質は、変わらないんじゃないだろうか。
ねえ、米原さんはどうしますか。
米原さんに俺の話をしたいほどだけど、相手が分かってしまうから言えない。
「キツイね。朝から」
米原さんが口を開いた。
「加藤くんとは思えないくらい」
「俺は、割とキツイ人間だと思いますよ。自分でも」
そう宣言したら、米原さんがちょっとだけ納得したような表情になった。
米原さん、なんだかんだいって、俺の本質に触れるくらいの付き合いしてますもんね。なんて、ちょっと甘えた気持ちで先を続ける。
「白黒はっきりしたがる人間ってのは、多分どこにも馴染まないってことは分かってるから、白黒はっきりさせないように普段は気をつけていて」
「…白黒」
米原さんが天井を見上げた。
「別れるか、っていうのは、訊いてみただけだから、別に俺に答えを言う必要は無いです。好きだからこそ悩むんだってことは俺にも分かるし。」
「…うん」
「答えを出す必要も無いと思います。考え方の一つとして訊いてみただけです」
「…うん。ありがと」
時計を見る。始業時刻が近づいている。高野さん、高野さんはきっともう仕事を始めているんだろう。夕方か夜に、また高野さんの人生と俺の人生がクロスするといいな。
「とりあえず、仕事、します?」
「うん」
パソコンを起動させる。
「加藤くんってさ」
「はい」
「なんか、前より更に落ち着いて来たね。年上彼女に育てられてる?」
米原さんが、少しニヤッとして俺に訊く。その様子はちょっと田端さんに似ている。
「そうかも知れません」
しれっと答えた。俺も、高野さんに似てきたりするといいんだけど、多分あんなふうにはなれないだろう…と思いながら。
「どんな人?また聞かせてよ」
「のろけますよ」
「それは面倒くさいわ」
「じゃあ、秘密です」
俺をからかう程度には、米原さんに元気が出てきたんだ。
米原さんは、米原さんの答えを出すだろう。俺とは違うかも知れない。
または、俺たちを捨てて九州に行くのかも知れない。
米原さんが幸せになりますように。
ちょっとは、田端さんに文句を言ってやってもいいな。もうちょっと相手を見ろって。
まあ…そんなふうには思うけど、他人の恋愛には口、はさめないか。
俺に米原さんを押し付けた、係長の方をチラッと見たがもう席には居なかった。
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