第21話 連絡
鍵を渡したけど、いつ使ってくれるんだろうなと思い始めた数日後、高野さんからメールが入った。
『今日、泊めてもらってもいい?』
おお。どっちだ。
早く帰れるから泊まるのか、仕事で遅くなるから泊まるのか。
意味合いが違うぞ。どっちなんだ。
…でも、まあ、どっちでもいいか。
どっちでも嬉しいから。
ニヤニヤしていたら、係長に見咎められた。
「こら加藤、仕事中にニヤニヤしない」
「え?ニヤニヤしてませんよ」
シラを切ってみる。
「若いっていいねえ」
無視された。
「メール、例の彼女?最近はうまくいってんの?」
メールチェックしているところからチェックされていた。
「ぼちぼちですね」
仕方なく、そう返事をしたら、係長がすーっとこちらに寄ってきた。
「ダメだダメだって言ってたのに。つまり、うまくいってるってことか」
…見逃さないですね。
取り繕っても仕方が無いから、できるだけ本当のことを言おう。
「以前よりは。なんか向こうも俺に遠慮してたみたいって分かったんで。もうちょっと、何でも話せたらなって思います」
素直に答えたら、係長はちょっと神妙な様子で頷いた。
「最初はね、遠慮とかあるかもね」
「ですね。できるだけ、これからも何でも言うようにします」
「何でも、って言っても、『お前最近老けたね』とか言うなよ」
「は?」
「こないだ嫁さんに言って数日間無視された」
係長、なんでも言い過ぎ。
「仲、良いですね」
「良くない良くない」
「羨ましいですよ」
俺と高野さんって、そういう感じの時が来るのかな。
「で、ヨネちゃんの様子、どう?」
「どうって…。知りません」
「寿退社とか考えてるんだったら早めに知っときたいなあ。急に言われたらショックがデカイよ」
声を潜めて、そんなことを言う。
「米原さんは、急に辞めるなんて、しないと思いますよ。ちゃんと準備して、早めに上司にも報告して、あと下っ端の俺が困らないようにしていってくれて」
俺がそう言うと、係長も頷いた。
「確かに何もかも放り出して、ってタイプじゃないだろうね。逆に、そういうことに気を遣い過ぎて自分の人生のタイミングを逃さないかってのも、心配だなあ」
心配性だな。
「係長、お父さんみたいですね」
「まあね。みんな幸せになってもらいたいからね」
「恋人がいるとか、結婚するとか、それだけが幸せじゃないですよ」
「もちろん、そうだけどね」
二人でなんとなく米原さんのデスクを見る。使い易く片付いている。
「良いカミさんになりそうだなぁ」
「そうでしょうね」
「俺、加藤と合うと思ってたんだけどな」
「なんですか、それ」
…そんなふうに思ってたのか、と驚く。
「高野が職場に来た時、丁度良いのが入ってきた、と思ってさ。けど、すぐにそれは違うなって気が付いて」
「違う?」
「うん。仲良さそうだったし、似合わないわけじゃないんだけど…なんか、高野って、人と…っていうか、女性に距離置く感じがあって」
…やっぱ、係長は鋭いかも知れないな。
「でも、高野は加藤が入社してきて、やっと人間らしいところを見せるようになったよ。妙に出来過ぎたロボットみたいに感じる時もあったんだけど、加藤が来てからやっとね。高野も人間だった!って思う瞬間が見えてきて」
「…そう…ですか」
この場合、当たり障りの無い返事をすることが大切なんだろうな。係長はよく見ているな。変なこと言ったら、俺たちのことバレたりしないかな。そんなことを思いながら、興味無さそうに話を聞く。本当は、俺が入社する前の高野さんのこと、もっといっぱい聞きたいんだけど。
ぐっと堪えて。
「仕事は、細かい説明しなくても、前年の資料の場所を言っておけば勝手にやってくれて、助かったんだよな。高野の前任の三宅ってのが、ここに七年くらい居たベテランで、抜けてどうなることかと思っていたけど、俺、全然困らなかったし」
高野さんを褒め出した。
なんか、嬉しいな。
…これって、あれかな。
いわゆる、自分の彼氏、褒められてる?
いい気分だな。
「しかし高野ってさ、新人の割に失敗が無さ過ぎて、なんか…今時の子ってみんなこんな感じなのかなって思ったこともあって。…そう考えると加藤って、俺の中で、ものすっごい模範的な『新人』だったね」
あれま。
俺、褒められていないや。
「人間臭くてすみませんね」
言い返したら、係長はふふふと笑った。
「そういうところ。俺は大好きだね」
「それはどうも」
「加藤の、落ち着いてて人間臭くて、他の人の良いところ引き出す感じが」
「係長、なんで加藤くん口説いてるんですか」
米原さんが部屋に戻ってきた。
「え?加藤に総務出ていかれたら困るから」
「なになに、そんな話があるの?」
「ありませんよ。係長のでっちあげです」
「高野引き抜きも急でショック大きかったから、心構えがいつも必要」
「俺、就職して半年ですよ。そんな心構え必要ないですって」
米原さんの話をしていたのを誤魔化しつつ。
係長って、実は言葉巧みだ。
そして俺は、今夜高野さんがうちに来るのが楽しみで仕方がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます