第16話 フェアリナ救出作戦②

 山林の中をカナデは疾走する。フェアリナに無事でいて欲しい。その切なる願いだけを胸に。


 深い霧の中、カナデは何人の死体を見ただろう。何人が横たわっていたのだろう。カナデが目にしたのは、まるで映画の中の戦場のような惨たらしい光景。そしてむせるような血の臭い。この暗い山の中で、何か事件が起こっていることだけは確かだった。


 ――そして、まだそれを誰も知らない。


 これは非常事態。ラファエリアの教官たちでさえ、未だ事件に気づいていない。残念ながら、異変に気づいた生徒たちは、全員殺害されてしまっている。だからこそ、カナデには、この状況を作り上げた相手の危険度がわかる。そう、敵はかなりのやり手なのだ。全てを先読みし、そして利用した。一体どんな目的があるのかはわからないけれど。


 山の頂き付近にある神殿のような建物まで、カナデは到達した。4つの白い円柱に囲まれた白く四角い石造りの建物。その天井部分からは更に上に向かって階段が伸び、見晴台のような高台があった。


「助けてっ!」


 カナデに気づいたのだろう。あのカナデのことをニャンニャン先輩扱いしていた3人組の内の、低身長でややぽっちゃりした女の子が柱から飛び出してきた。誰かが来ないかと、ずっと円柱の裏に隠れていたのだろうか。その制服は、ところどころが破れ、皮膚が火傷しているように赤くなっていた。


「他の2人とフェアリナは?」


 カナデは無表情で尋ねる。怒りがおさまらないせいもある。


「まだ中に捕らわれています。私だけ、偶然、建物から逃げ出せて……」


 鼻を赤くして泣いている女の子。怪我の傷口が痛ましかったが、それよりもカナデはフェアリナが気になって仕方がなかった。


「フェアリナは生きているのか?」


 女の子は頷く。しかし、その表情には悲壮感が漂っている。


「ですが、かもしれません。あいつらは皆殺しにするつもりですから」


 あいつらということは、やはり複数だったか。どうやら、カナデの予想に間違いはなさそうだ。それならばと、カナデは静かに建物の方へ歩いていく。


「カナデ先輩、それ以上、行ったら危ないです。教官たちが来るのを待ちましょう。みんなが来てくれれば、絶対に負けないですから」


 それも1つの手だろう。しかし、その間にフェアリナが殺されてしまうことだけは、避けなければならない。カナデをこの世界に転生させてくれたのは彼女だ。だから、彼女が死ねば、カナデさえこの世界から消えてしまう可能性がある。もちろん、彼女を死なせられない理由は、それだけではないが……。


「待つ……?」


 想像以上に怒っている自分に、カナデは戸惑いを隠せなかった。転生前など、どんなことがあろうと自ら前に出ることはなかった。自分が死ぬとわかったその瞬間ですら、カナデは悔しくとも、その感情はどこか冷めていた。だけど今は、助けなければならない女の子が目の前にいる。これで救えなければ、ただの大馬鹿者だ。


「そうですよ。先輩、待ちましょう。あいつらはあなた1人の手にはとてもおえません。だってレベルが30台でもなく40台でもなく、魔導士クラスの50台でしたから。行っても瞬殺されるだけですよ!」


 なるほど。相手はレベル50くらいか。そして影魔法が使える。だから、ということだ。


「なあ、そろそろ、は止めてくれないかな?」


 カナデは女の子を振り返り、そう告げた。


「えっ? カナデ先輩、何を?」


「だから、そろそろ? 同じ人として腹立たしいこと、この上ない」


 カナデが強い口調で睨みつけると、女の子は顔を真っ青にして、首を傾げる素振りをした。


「それって……どういうことですか? まさか、先輩は私を疑っているんですか?」


「疑うだって? 何を言ってる? 僕はしているよ。だってね」


「そんな……酷いですよ、カナデ先輩……」


 泣けば男が隙を見せると思っているのか、口を両手で覆いながら、号泣してみせる女の子。確かに普通の相手ならそれで立場を逆転させることが出来たかもしれない。しかし、カナデには通じない。彼女たちは既に大きなミスを犯していたのだから。


「それに、僕のことを先輩扱いするのも止めてもらえるかい? 最初僕は、君らが僕を先輩扱いする理由がわからなかった。茶化しているのかとも思ったけど、実際は違った。本当のところは、君たち外部の人間には、僕とフェアリナが、聖ラファエリア魔法学校に来て、がわからなかった。だから、咄嗟に。一般的に男子は女子に先輩って言われると嬉しくなるものだからね。そう言っておけば間違いないと思ったのだろう」


 カナデの言葉にショックを受けている様子の女の子。口を開け唖然としながらも泣き顔は消え、最早真顔である。


「それにだ。君たちとニャンニャン話をしているところで、教官のボルド先生がやってきたよな。あの時も僕は不思議だったんだ。何故、ボルド先生は、僕らをを見て、ってね。あれは、僕が思うに、ボルド先生が、君たちから、ついつい新入生だと思ったんだよな。あの時の彼の頭の中には、このフェアリナ誘拐という模擬演習で、僕の力を試すことしかなかったから。だからこそ、あの先生でも、影魔法で本当のレベルを隠した君たち3人の存在を見落としたんだろう。そうだよな? !」


 カナデが振り返ると、拍手と共に大袈裟な笑い声が聞こえてきた。


「へえー、ただのマグレでラファエリアに入学出来たわけじゃなさそうね。勇敢にもたった一人で来てしまったのが、残念だけど」


 ストレートの長い赤髪の少女が、不気味に笑みをたたえている。細くしなやかな身体からは、黒く禍々しいオーラが溢れだしていた。


「あらあら、あらあら。あなた一人で来たら、意味がないじゃないの。うちはあの黒くて隆々とした教官や、もっともっと強い人たちが、いっぺんに駆けつけてくれると思っていたのにねえ」


 黒いショートボブに紫色のメガネをかけた少女が、残念そうに呟く。しかし、その手には黒い光に包まれた大きな鎌が握られていた。その姿はまるで死神のようだった。


 ――そして。


 ややぽっちゃりしていた女の子が、怪しく笑う。


「そうよ。新入生を殺された教官のいる学校っていうレッテルが、このラファエリアには必要なのだからな!」


 女は、ふくよかだったはずの姿を、皮を剥ぐように脱ぎ捨て、銀髪を靡かせる美しい肢体を露わにした。そう、カナデたちは最初から彼女たちに騙されていたのだ。

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