第2話 強襲グワナダイル
草原の覇者グワナダイル。それがこの10本ハサミのクワガタの名前らしい。所謂二つ名付きということは、それだけ特別なモンスターなのだろう。昆虫らしい茶色い艶艶とした身体の頭部に白い目が二つあり、それらがギロッギロッと独立して左右に動いては、カナデたちの様子を不気味に窺っている。ぱっと見の全長も10メートルは優に超えているだろうか。横幅にしても8メートルくらいありそうだから、ピクシーやケット・シーから考えると化け物レベルである。
「って、レベル80? なんでそんな敵がここに現れるんだ? ここって初期エリアだろう?」
見た目はそんなに強そうに見えないが、レベルとしての数字を聞くと、流石のカナデも焦り、身構えてしまう。何故ならカナデのレベルは、未だに1から上がっていないのだから。
「うーん、もしかしたら、あなたが3種類の敵を1000体ずつ倒したからとかかも。それがエリアボスを出現させるスイッチになっていて、今まで誰も気づかなかったのかもね。カナデ君すごいねー、何かおめでとう!」
「全然おめでたくねえー。しかも、何かって何だ。全く気持ちが入ってないじゃないか。それにこれ、冷静に考えると、ワンパンで即死パターンじゃないですか」
「エヘッ」
フェアリナの無邪気な笑顔に、イラッとしてしまうカナデ。
「この世界に来て、初めて人を殺したくなった」
「良かったー、私、人じゃなくて、エヘへッ」
――こいつは。
カナデの苛立ちは瞬時に怒りへと変わり、やがてはそれも目の前の強敵の存在にかき消された。
「生き延びたら殺す! いや絶対脱がすからな! 覚悟しとけよ、この駄目駄目駄女神め!」
「アハハッ、無理ムリ。だってこのボスそんなレベルじゃないから」
フェアリナはカナデを小馬鹿にしたように笑う。カナデが絶対に生き残れないと確信しているのだろう。ならば、もしカナデが生き残ることが出来たとしたら、フェアリナに、何かを求めるくらい許されるだろう。
――でも、果たして生き残れるのか?
自問するカナデ。正直自信はない。生き延びる方法も思い浮かばない。むしろ、ハサミで切られたらどのくらい痛いのかなと弱気な想像をしてしまう。身体も真っ二つに断ち切られるかもしれない。それに相手はカナデの十倍以上はでかい。間違いなく強い。そして昆虫のような種族だと考えると、当然、皮膚は恐ろしく硬いのだろう。
およそ弱点という弱点が見当たらない。正攻法では勝てないということだ。
――だったら。
自分一人で勝てないようなら、周りを利用するのみ。だってカナデの側には、あの自称女神様がついているのだから。
「よし、じゃあそこの可愛くて美人の女神フェアリナ様。お前の得意の大魔法で、あいつを一発でやっつけるんだ。さあ!」
カナデはグワナダイルに右手を突きだし、人差し指を力一杯伸ばした。
――そう。
こういう時のためのお助けキャラだ。でなければ、存在価値がない。
「さあ、神とそれ以外の生物との、圧倒的な力の差を見せつけてやれ!」
カナデはグワナダイルを指差したまま、その顔をゆっくりとフェアリナへ動かした。
キョトンとするフェアリナ。嫌な予感が全身をよぎる。
「えっ、私女神だから、戦わないよ? だって純真無垢なアイドルに、血は似合わないでしょ? でも、美人で可愛いだなんて、ストレート過ぎて、カナデ君、恥ずかしいよ」
――意味がわからない。
今、まさか、彼女は戦わないと言ったのか? いいや、きっと聞き間違いだろう。誰にでもある。カナデは彼女を信じ、ゆっくりとその答えを待った。
「あ、ごめん。何か聞こえなかった。もう一回言ってくれないか」
「えっ、だから、私戦えないよ? 魔法で人とか傷つけるのも嫌いだし、そもそも女神様に攻撃魔法は似合わないよね。やっぱり美人で可愛い女神様は回復魔法だって」
「はあ? お前、頭お花畑か?」
「花は好きよ。お花畑ならもっと好きだし」
――話が通じてねえ。
フェアリナにあきれ果てるカナデ。彼女は完全に頭お花畑の女神だった。これはもう自分の力で何とかするしかないようだ。
――って無理だ。
相手が悪すぎる。せめてステータスがたいしたことなければ、何とか逃げ出すことだけは出来たかもしれない。しかし、グワナダイルがレベル80ということを考えると、それも期待薄だろう。何か弱点がないものか。
「フェアリナ。あいつのステータスがどれくらいかわかるか?」
「うん、えっとねー、HPが90000、攻撃力が9800、防御力が12000、他も色々4桁と数値高いよ。ケット・シーとかがステータス1桁だから、凄すぎだよね。おもしろーい」
圧倒的過ぎた。勝てるどころか、逃げ延びることさえ、かなわないようだ。
「なあ、フェアリナ。こういう時、どうしうたらいい?」
「普通は……諦めるよね」
そうだな、諦めよう。諦めて少しでも早く楽になるんだ。そうしてゲームオーバーになり、また新しい世界に転生して……?
――出来るのか?
疑問に突き当たるカナデ。今回はたまたま死後の世界というやつがあった。しかし、必ずしも次があるとは言い切れない。それに世界の構造がそんなに都合の良いように出来ているのなら、前世を思い出し、そのシステムを漏らす人間がいるだろう。そうして自分に都合が悪くなれば、次々と新しい世界に旅立てば良いのだから。
――でも。
カナデは知っている。そんな人間はいなかった。現実世界での行いが、死後の世界をわけると未来を説く人間はいても、前世での記憶を鮮明に覚え、過去を戒め現世に生かす人間なんて、一人もいなかった。つまり、死後の世界はない。そんな自分だけに都合の良い世界など存在はしていないのだ。そう、そもそもこの世界は、誰のためにも存在していない。その中心はあくまで監視している存在のものであって、自分のためのものではないということ。
死は終わりを意味する。
カナデは木のナイフを握りしめる。ナイフはミシミシと苦しそうに音を立て、今にもカナデの手から逃げ出しそうだ。
――戦わなくちゃ。
グワナダイルと。
――倒さなきゃ。
自分のために。
――守らなければ。
カナデがこの世界に存在した証を。
――だから。
そう、だから、カナデは大きく息を吸い、草原の覇者グワナダイルと正面から向き合った。
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