第9話 女神の加護

 藍色の髪の守衛ユリイナは、この魔法学校の守衛を任されるほどの強さの持ち主だ。それにヒュウマが一撃で沈んだことを考えると、そう簡単には通してくれないだろう。


 ――どうする?


 フェアリナを見る。彼女は、ドレス内に虫が見つからず今にも泣き出しそうな表情をしている。動き回っては地面を見、また動き回っては地面を見る動作をひたすらに繰り返している。しまいには、下着姿のまま白いミニ丈ドレスを逆さにして、存在しない虫を振り落とそうとしていた。


 ――


 カナデは思考を巡らすが、その暇も与えないかのように、ユリイナがカマイタチのような風魔法を連射してくる。カナデはそれを偶然を装うようにゆっくり避けていく。さっきの爆裂魔法が火炎属性だったとして、彼女は風魔法も使えるということか。この世界では属性同士の反発や拒絶はないのだろうか。まあ、その辺りの疑問は学校で教えてくれるのだろうけども。


「ちょろまかと、運の良い男ね。でも、次はどうかしら」


 ユリイナのステッキが、まっすぐと頭上高く掲げられた。その20メートル上だろうか、黄色い光が集まり、それが雷鳴を轟かせる。それと同時にユリイナの藍色の髪がふわりと浮き始め、嫌な予感がカナデに過る。


「感電しなさい! 雷光ジオライト!」


 落雷の直撃。避けられない速度ではなかったけれど、カナデは木製のナイフを高く掲げ、それを受け止めたのだった。


「そんな……何よ、その反則的なナイフは。どうせ、何か魔法を吸収する金属なんでしょう? それをわざわざ木製に見せかけるだなんて、やっぱり卑怯ものね、あなたは」


 いや、ただの木製のナイフですが。しかし、色んな攻撃を受け過ぎて、最早、色が完全に黒ずみ、そろそろ折れてしまいそうだ。このままもってくれれば良いが。


 しかし時間がない。そろそろ彼女を倒さなければ、指定時刻までに間に合わない。無理矢理倒すか。気づかれないように、一瞬で気絶させればあるいは……。


 ――いや。


 それではユリイナの気がすまないだろう。あくまで彼女のプライドを傷つけずに、彼女が気を失うような、そんな方法が必要だ。何かないか、何か。


「もう遊びは終わりにしましょうか」


 ユリイナが、ブツブツと呟きながら、魔法のステッキの7つの宝石を触り始めた。


「本当は学校内では使っちゃいけないのだけれど、ここは門の外だし、あなたは侵入者。だから、死んでしまうあなたには悪いけど、レベル4の臨界魔法を使わせてもらうわ」


 宝石はそれぞれに怪しい色を発し、やがてはユリイナの身体を包んでいく。


 大気が震え始める。地面が微かに揺れる。何かとんでもない攻撃が来るのが、カナデにはわかった。


 今まで使ったのは、火、風、雷の3属性。カナデの周囲の空気がひんやりとしていることを考えると、もう答えは出ていた。


 ――四属性使いか。


「ふふ、これであなたはおしまいね。さあ、すべてを凍らせ、すべてを終わらせろ、凍りつく世界コキュートスヴァルド!!」


 怖気がした。カナデの周りの世界が凍りついていくのがわかる。痛みはない。しかし、凍りつく範囲が一気に狭まっていく。そうして周りの世界ごと、カナデの身体を凍結させてしまうのだろう。このままでは、固められて終わる。当然、カナデは死ぬことなく生き延びるだろうが、指定時刻に間に合わなくなる。それは終わりを意味していた。


 ――ここだ。


 ここしかない。カナデは今こそ我らが駄女神を召喚しようと思った。


「フェアリナー! 黒い虫がついにこっち側に来た! 僕に反射の補助魔法をかけろー!」


「えっ? あ、そ、そうなの、わかったー! すべてを弾け、物魔反射レフレクト!」


 カナデに迫る氷の壁を掻い潜るように、フェアリナの反射魔法がカナデを包む。そして入れ替わるように氷の世界がカナデを襲うが、彼の身体は白く輝き、氷の世界を押し返してしまう。


「えっ、どうして……?」


 ユリイナの愕然とした顔。そして彼女の表情はそのまま一気に青褪めていく。彼女を襲う影。パリパリと固まっていく空気。やがて――。


「きゃあああーっ!?」


 断末魔の叫びのような悲鳴と共に、ユリイナは氷の世界に閉ざされた。それはカナデが手を出すことなく手に入れた勝利だった。



 やがて目覚めるユリイナ。フェアリナの回復魔法のおかげで、彼女のダメージはそんなになさそうだ。


「何が起こったのです?」


 横になりながらも、不思議そうに目をパチクリさせるユリイナ。


「ユリイナさん。あなたは僕にかかった補助魔法の反射で、自分の魔法を自ら受けたんですよ。幸いあなたのレベルやステータス、その法衣の魔法防御力が高くて、死には至らなかったようですが」


「反射……ですって……そんな魔法を使える人間なんて、聞いたことがないわ」


 カナデも聞いたことがない。でも、フェアリナは女神である。だから、何の疑問も持たない。


「レベル1のくせに、そんな優秀な人材を仲間にしているなんて……やっぱり……あなたは……卑怯ものです……」


 ようやく笑みを零したユリイナの表情は、フェアリナとはまた違った可愛さがあった。


「あっ、時間だ。フェアリナ、後どのくらい残ってる? 間に合うか?」


 カナデの体内時計では、残っていても後1分から30秒ほどだ。つまりは、B会議室の場所次第では、到底間に合わない。


「ごめん。残り45秒しかないよ。ここまで来たのに、ごめんね。私が虫探ししてたせいで」


 絶句。フェアリナに謝らないといけないのは、カナデの方なのに。


「行こう。場所さえわかれば、何とかなるかもしれない」


 それを聞いてだろう。むくりと起き上がるユリイナ。


「待ちなさい。あなたたちが行きたいのはB会議室でしたわね。あなたがたの実力を見誤った私からのせめてものお詫びです。それにあなたがたを会議室に連れていけば、その入学許可証が本物かどうかすぐにわかるのですから」


「ん、でももう走っても間に合わないかもですよ」


「あら? 禁呪魔法の反射魔法はご存知なのに、こういう魔法は知らなくて?」


 ユリイナの身体から半径2メートルの魔法円が作られる。そしてその円は光を放ち、カナデたちを包みこんでいく。


転移トランスゲート


 カナデたちを包んでいた光は、一気に縮まり、カナデたちもその光の中に吸い込まれていく。やがてその光は小さな光の玉へと変化し、一瞬で空高く上がり、最後には校舎の中へ飛び込んでいった。


 白い光が無くなった時、カナデたちは机と椅子が並べられた教室へと移動していた。


「間に……合った……?」


 カナデはフェアリナと顔を見合わせる。


 おそらく転移魔法。行ったことがある場所なら、瞬間的に移動が出来るということだろう。


 ――魔法って素晴らしい。


 そう思ったのは、異世界に来て初めてのことだった。 


「ほう、確かに間に合ったか」


 そう、低く鋭い男の声がカナデたちの耳に届いたのは、ちょうど2人が席についた時のことだった。









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