第36話 レベルが上がらない転生者は、魔法学校を守らない②
ラファエリアへ投降すれば、カナデとフェアリナは、当然、それなりの処罰が下るだろう。この国のルールはわからないが、この中世ヨーロッパ風な世界観から考えると、処刑は免れぬところか。ユリイナとヒュウマに関しても、誤解が解けない限りは、同等と考えられる。つまりはラファエリアと戦うことはあっても、投降はありえないということだ。
――避けられぬ戦いか。
「もし、それに従わなければ? カミュ先輩たちは僕らと戦いますか?」
カナデはカミュを試すようにそう尋ねる。カミュは表情を変えずに、さらりと言葉を発した。
「もし、七魔帝のセトを倒したという君の強さが本物なら、ここにいるラファエリアの生徒たちは、みんな君に殺されてしまうだろう。もちろん、この私も含めて例外なくだ。だが、それでも私たちは正義を貫かなければならない。ラファエリアを守らなければならない」
それはカミュが、カナデに勝てないことを認めた瞬間でもあった。そしてそれでもなお、カナデたちと戦うことを決心している……。
――どうして。
「僕に勝てないことがわかっているのに、それでも、あなたは引かないのですか? 無傷で終わることなんて出来るはずがないのに」
そう、下手したら生徒たち全員が死んでしまうかもしれないのに……。それほどまでに、カナデと彼らとの間には、埋めることの出来ない力の差があった。
「執行委員長である私が引けば、即ちラファエリアが終わる。だから、命に代えても、君を連行する。それが執行委員長たるこの私の役目だ」
カミュの意志は強固だ。彼の言葉通り、死んでもなお、魔法学校を守り続けるつもりだろう。そういう魔法があればの話だけれど。
――どうする。
仮に彼らを倒したとする。しかし、それで終わりではない。ラファエリアにはまだ魔法学校の教官たちがいる。強さが不明な人物も数多くいる。そうしてその中の1人が、ラファエリアを召還出来るかもしれないのだ。
寒気を覚えるカナデ。またあの惨たらしい光景を見るわけにはいかなかった。ましてや自分が関わった、短い間ではあるけれども、共に過ごした仲間たちを死なせるわけには、絶対にいかなかったのだ。
――どうする……。
戦うか、諦めるか。どちらにしても悲しい結末しか、カナデには見えない。そんな絶望の淵に、ユリイナやヒュウマを巻き込むことになるのを、カナデは申し訳なく思った。
「さあ、カナデ君。投降したまえ。でなければ多くの犠牲が生まれる」
――そうか。
だからこそ、カミュは容赦なく、カナデの善意につけこみ、ラファエリアの生徒たちを攻撃しないと思っているのだ。もちろん、生徒たちを攻撃することは、カナデの本意ではない。しかし、その気持ちを利用されていると思うと、とても腹立たしかった。
「投降なんて選ぶんじゃねえぞ、カナデ。カミュは話せばわかるなんて、そんな相手じゃねえからな。こいつは絶対に自分の信念を曲げない奴だ」
ヒュウマが額に冷や汗を浮かべている。そもそも選ぶ行為自体が、ヒュウマをも殺してしまう可能性があるのだ。それだけは出来ない。
「どうしたらいいの……カミュやラファエリアに逆らうだなんて、私には……」
急に裏切り者になってしまったユリイナは、頭を抱えて、苦悶の表情を浮かべている。彼女にも嫌な役目をさせてしまったなと、カナデは息をついた。
――決めないと。
みんなに迷惑がかかる。
やがて、大きく息を吸い込むと、カナデはカミュを見据えた。
「どうやら、答えは出たようだな。大人しく投降してくれるかい?」
「ええ……」
カミュの赤い瞳がカナデに突き刺さる。カナデは、カミュが瞬きをする瞬間を見逃さずに、一気に間合いを詰めた。
――そして。
「全員、動くな!」
カナデは黒い木製のナイフを、カミュの首筋にあてがった。そう、誰の犠牲も出さないためには、カナデにはこれしか思いつかなかったのだ。
「怪しい動きをしたら、この天界の魔石で作られたナイフで、カミュ先輩の喉元を掻ききるぞ!」
もちろん、それは焦げつき炭となった、ただの木のナイフだが、ラファエリアの生徒たちを脅すには十分だった。
あちこちから上がる悲鳴。カミュがある意味アイドルであり、ラファエリアの象徴でもあったからだろう。そんな彼を、生徒たちが見殺しにするはずがないとカナデはふんだのだった。
実際、その選択は正解だったようだ。生徒たちは、詠唱の終わった魔法を、次々に解除していく。このままいけば、無血開城もありえるかもしれない。そう、安堵した矢先――。
カミュが可笑しそうに笑い始めた。
「ふふふ、愚かな……実に愚かな手よ」
薄いエメラルドグリーンの髪から覗く、赤い瞳と白い肌。そして、その口元が不気味に笑ったのだ。
「いいか、皆のもの! 今すぐ私ごと魔法で撃ち殺せっ! この裏切り者を生かして帰すな! 仲間を殺された無念を今こそ晴らせ!」
天をも衝くようなカミュの叫び声に、生徒たちは、「おう!」と再び、詠唱を開始する。この煽動力は危険だなとカナデは思った。
――まずいな。
カナデは大丈夫だ。だが、果たして他の3人が生き延びることが出来るのか。
――いや、出来るじゃないか。
「フェアリナ、出番だ。今すぐみんなに反射のバリアだ!」
「うんっ、待ってた」
使いたくなかった女神の力。しかし、今は彼女を頼る他なかったのだ。そうして全ての魔法を跳ね返せば、こちらはノーダメージ。生徒たちは自らの放った魔法でダメージを受け、戦闘不能になる。それがカナデの見立てだった。
「死ねえ、裏切り者ー!」
やがて、カナデたちを取り囲むラファエリアの生徒たちから、数々の罵声と共に、一斉に攻撃魔法が放たれた。
カナデは衝撃に構える。他のみんなも、頭を庇うように、その場に伏せる。四方八方から襲う色とりどりの攻撃魔法。カナデにはそれが幼い頃に見た花火のように感じられた。
「それじゃあ、みんなを守れないだろう?」
――えっ?
優しい声がしたかと思うと、カナデの目の前から突然カミュが消えた。目で探すと、彼は頭上に飛び上がり、両手を広げた。そして何かぶつぶつと言葉を発すると、青白い光が自らの身体を包み込む。
「
――光の……壁?
その壁をもって、カミュは襲い来る攻撃魔法の光を、一手にその魔法の壁で受けた。
目の前で光の壁に吸い込まれていく魔法の数々。まるでその壁で全てが無効化されてしまっているようだ。当然のごとく、執行委員長のカミュは無傷で、降り注ぐ魔法の雨の中、涼しげな顔をしていた。
「君がやろうとしていたことは、ただ単にラファエリアの生徒たちを傷つける行為だ。そんな愚かな真似など、この私がさせない」
エメラルドグリーンの髪を揺らしながら、カミュは爽やかに地面に降り立つと、さっきとは打って変わって、その顔に笑みを浮かべてた。
「今、私たちの周りに、見えない光の壁を形成した。これで誰にも邪魔されずに話が出来る。さあ、カナデ君。本当のところを話そうか」
本当のところ。それが何を意味するのか。カナデはいまだ恐々としながら、カミュの目を逸らすことなく見続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます