第29話 赤い刺客と英雄たちの輪舞②

 カミュによる指揮は的確だった。Aクラス40人が一人も欠けることなく、戦況を有利に動かしている姿は、有能な軍師のようでさえあった。何故わかるかって? いつの間にかカナデにも、マナの動きを見る能力が開眼していたようだ。


 ――しかし。


 だからこそ気づくこともある。多勢に無勢。このままでは消耗し、Aクラスとはいえ、勝ち目はないかもしれない。だからこそ、カミュはBクラスのメンバーの投入を決意したのだろう。


「Bクラスの委員長リリア。みなの準備は出来ているか?」


 カミュの言葉に、カナデを宥めてくれた女性リリアが、嬉しそうに答える。


「もちろんです。カミュ様。Aクラスの面々よりも好戦的なのは知っておいででしょう?」


 リリアの笑みに、軽く目を細めるカミュ。


「思う存分、暴れてくれたまえ。そして、聖ラファエリアの力を見せつけてこい!」


「御意」


 Bクラスのおよそ40人が、嬉しそうに笑った。もしかしたら、AクラスとBクラスの差は、実力というよりは、規律を守るかどうかのような気がしてきた。それほど、スイッチの入ったリリアやドイルの顔は、頼もしいほどに、危険で野蛮なものだった。


 散り散りに森へ入っていくBクラスの人たち。カナデは少し寂しさを覚える。自分が参加できないことに。自分が誰も助けてあげられないことに。それを悟ったのかどうかはわからないが、カミュが更に声を上げる。


「他に参加したいものはいるか? 積み上げてきた力をぶつけたいものはいるか? 相手は本物の敵だ。加減など不要。君たちの魔法を、ため込んだマナを大いにぶつけたまえ!」


 その言葉に、カナデは一歩前に出る。フェアリナはきょとんとした表情でそれを見ていた。


「フェアリナ、お前が必要だ」


「へっ、カナデ君、何? きゅ、急にみんなの前で何言ってるの? ここは学校だよ……えっ、ええっと……?」


 何故か戸惑い、赤面しているフェアリナ。カナデは何か変なことを言ってしまったのだろうか。いや、単に言葉が足らなかっただけだろう。彼女を振り向き、そっと手を差し伸べた。


「行こう、フェアリナ。誰も死なせずにこの戦いを終わらせるには、お前の魔法の力が必要だ」


「あっ……そういうことね。うん。わかった。私が攻撃魔法を使えばいいのね?」


 彼女の魔法を想像し、カナデの血の気は一気に引いてしまう。


「そこは断固、補助魔法でお願いします」


「エヘッ、カナデ君にお願いされちゃった」


 褒めていないのに、嬉しそうなフェアリナ。薄ピンクの髪から覗く可愛らしい顔を見て、カナデは思わず彼女の頭を撫でてしまう。彼女には頑張ってもらわないといけないから。だから、せめて、今だけは優しくしてあげようとカナデは思った。


「新人のカナデ君に、フェアリナ君だったかな。君たちの特別な能力はユリイナやボルド先生に聞いている。この際クラスなどは私は気にしない。君たちの真の力を見せてつけてくれたまえ」


 カミュは知っているのか。カナデたちのある程度の力を。だったら話は早い。カナデはフェアリナと共に、森の中へ繰り出した。



「何だこれは……」


 森の中に入って驚いた。緑の木々に囲まれていたはずの大地が、赤く染まり、異様な霧に包まれていたからだ。まるで演劇などの劇場で、効果的に赤いスモークをたかれているかのような……。


「視界が完全に赤い。まるで赤外線でものを見ているようだ」


 実際の赤外線には色はないけれど、現実世界の赤外線カメラで見る光景が、真っ白で今の視界によく似ていた。


「Aクラスの強者たちが苦戦するわけだ」


「へっ、カナデ君。何言ってるの? 森は緑だし、土は茶色いよ?」


「えっ、フェアリナの視界は真っ赤じゃないのか?」


「うん、至って普通。私の目の前にいるのも、いつも通りのドSのカナデ君、エヘッ」


 ああ、そうですか。どうやら、フェアリナの身体には何か耐性があるらしい。つまりこれは何らかの魔法の効果ということになる。だとしたらその元を断たねば、まともに戦いは挑めないということだ。


 ふと、そこでカナデは嫌なことを思い出した。このやり方が、正攻法ではなかったからだ。


「影魔導士じゃないよな……」


 あの3人は死んだはずだ。だから、その3人の死で悲しんだ人間がいる。そしてその恨みがラファエリアに100人もの軍勢を送ったのだとしたら、すべてはカナデたちのせいになりはしないだろうか。それならば、カナデが1人、前に出れば他のメンバーたちが戦い傷つく必要はないのではないか。


 急に蒼褪めてしまうカナデ。ボルドの言葉がカナデの脳裏から離れない。敵にも家族がいる。恋人がいる。そして守るべきものがある。だから、それを壊すものがいれば、当然こちらにも同じことをするだろう。そうして現実世界でも戦争は起こってきた。それぞれの大義があり、それぞれの想いや立場がある。それを外部の人間がどうこう言えるものではないことは、重々承知していたはずだった。


 ――だのに、どうして。


 圧倒的な力を得てしまったからだろうか。カナデは相手が苦しむ光景しか浮かばない。その相手の家族が悲しみ絶望に苦しみ悶える姿しか思い浮かばない。カナデの心はどんどん、赤い濃霧の中を彷徨い、自らを傷つけていった。

 

「どうしたの、カナデ君」


 フェアリナの声が聞こえる。ぼーっとしたまま、カナデは彼女を見る。頭の中では何故か、神社などの鐘の音がうなりをあげている。


「どうしたの、カナデ君。私も殺されて、血で真っ赤だよ?」


 笑いながらもその姿は、全身血だらけだった。殺された? 誰が何に? カナデの声は震える。


「殺されたって、何だ? どうして、お前までもが? 敵は? みんなは? AクラスやBクラスのみんなは? いつの間にそんなことに?」


 赤い景色の中、目が回るようにぐわんぐわんと視界が揺らぐ。


「みんな死んじゃったよ……私も死んじゃった……」


「だから、どうして」


「守るって言ってくれたよね? 大切な人を大切な時に守るって言ってくれたよね、カナデ君?」


 言った。宣言した。だのに、またカナデは大切な人を救えなかったのか。また、大切な人たちを不幸にしてしまったのか。


「どう……して……」


 ――そう、どうして?!


「でも、大丈夫だよ、カナデ君。私がいるから。私がついているから。だから、一緒に死のう?」


 優しいフェアリナの声。血だらけになりながらも、フェアリナはカナデのことを思い、救ってくれようとしている。そうして無慈悲なカナデに慈悲の手を差し伸べてくれようとしている。


 ――ついていかなきゃ。


 今度こそ裏切らないためにも。そう、今度こそためにも。


「ああ、一緒に逝こう」


 カナデは、フェアリナの赤い手を手に取った。


 ――!!


 その瞬間、カナデは何者に頬を平手打ちされた。カナデの手を握るフェアリナの顔が、エドヴァルド・ムンクの「叫び」のように、みるみる歪んでいく。


「おい、カナデ、何やってんだ!」


 男性の声が聞こえる。聞き覚えのある。あれはいつだったか、金髪で短髪のそう、執行委員のヒュウマの声か。


「いつまでも赤い瘴気を吸ってんじゃねえ。俺と戦った時のお前は、こんなくだらない攻撃にやられたりするような、そんなタマじゃなかったぞ?」


 ショウキ? タタカッタ? 


「戦った? 僕と? でも、ヒュウマは死んだんじゃ?」


 焦点の合わないカナデの目を見てか、ヒュウマがバシッと力強くカナデの背中を叩く。


「馬鹿かてめえは。俺が死ぬわけないだろうがよ?!」


 ――生きている?


 ヒュウマが? 今目の前で?


「あー、こいつ完全に瘴気にあてられてやがる。ユリイナ回復出来るか?」


「誰にものを言っているの? でも、もし駄目だったら、あなたが責任もっておぶって帰りなさいよ?」


 ――ユリイナ……?


 彼女も生きているのか? いや、生きてはいない。だって、フェアリナは死んだんだ。もう2度と起き上がることはないんだ。だから、すべては幻覚なんだ。


「大切な友達ダチだからな。ここで死なせはしねえよ」


「あははっ、あなたに友達が出来るなんて、随分と珍しいことだこと」


「男の友情を舐めるなよ? ユリイナ」


「友情? あなたにそんなものがあったなんて、一体何があったのかしら? 頭でも打ったんじゃないの? 大丈夫?」


「いいから、早くこいつを楽にしてやれ。だいぶ精神的にやられているだろうから」


 クスリと微笑み合うユリイナとヒュウマ。その光景さえも夢のまた夢なのだろう。カナデは静かに目を閉じた。


「さあ戻ってきなさい、現実へアクチュアル


 そして、カナデの赤い世界は、ようやく光を取り戻したのだった。

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