第21話 何がための魔法か

 カナデは自ら志願して、教官のアマネに、夜の補講を行ってもらう。


 ――力をつけなければならない。


 それがボルドの想いに触れたカナデの決心だった。


 もちろん潜在的な力に関しては、およそこの世界において、カナデに敵うものはいないだろう。しかし、こと魔法技術に関してだけは、カナデは底辺も底辺である。何故なら、未だに初級魔法さえ使えないのだから。


「でも、カナデ君強いんだから、魔法いらないんじゃない?」


 フェアリナは、真面目な顔をしながらそう言ってくれるが、かつてカナデが存在した世界のゲームの中でも、物理攻撃が効かない敵やモンスターというものは存在した。だからもし、この世界でも物理無効の敵と対峙した時に、自分だけの力で勝てるように、カナデには魔法の習得が不可欠だったのだ。


 ――しかし。


 どうしてだろう。何度アマネから指導を受けようと、何度、属性魔法を発動させようとイメージを繰り返しても、カナデの手から魔法が放たれることはなかった。


「カナデ君ってさー、本当に魔法の才能ないねー。ここまで覚えが悪い人も始めてかもー、あははー」


 アマネはツインテールの髪を揺らしながら、カナデを指さし、呵々大笑とする。馬鹿にされたものだから、カナデもついつい苦言を漏らしてしまう。


「アマネ先生の教え方が悪いんじゃないですか? いつもエリートばかりを相手にしてきてたから、僕みたいな初心者には教えるのが得意じゃないんですよ、きっと」


「こらこら、他人のせいにしなーい。あなたに起こりうることは全てあなたの責任なんだからー。これはボルド先生の受け売りだけどねー」


 アマネが言うことももっともだ。それはカナデにもわかっている。だからこそ、再び、カナデは練習を繰り返す。


火炎の球フレイムボール!」


 魔法の詠唱と共に、脳から流れたイメージは、カナデの手を熱くする。しかし、それがどうしても武器を通して発動してくれない。メラメラと燃える熱い炎も、それが火の球となって飛んでいくイメージもたやすく出来るのに、カナデの手には魔法となって浮かび上がらない。


 ――どうしてだ。


 理論も想像力も問題ないはずなのに、何が魔法の発動を止めてしまうのか。


「カナデ君は、魔法値測定の水晶も割ったし、そもそも魔法を覚えられない身体なのかもねー、よし、じゃあちょっと先生は休憩してくるから、しばらく自習しといてー」


 欠伸をしながら手を振って教室を出ていくアマネ。カナデは魔法にだけではなく、ついには彼女にも見捨てられたようだ。まあ、外はもう真っ暗であるし、そんな中ずっとカナデの修行に付き合ってくれていただけでもありがたいことだった。一緒に付き添ってくれているフェアリナは、既に教室の隅でうたた寝をしている。色々あって、彼女もまた疲れていたのだろう。カナデは軽く目を細め、再び魔法の練習を繰り返した。




「ねえ、こんな時間にあなたは何をやっているのかしら?」


 どれくらい練習を続けたのだろう。ふと声のしたほうを振り向くと、藍色の長い髪の女の子が不思議そうにカナデを眺めていた。


「ああ、ユリイナさんか……」


 あまりに集中しすぎて、カナデは彼女が部屋に入ってきたことにさえ、気づかなかったようだ。


「ユリイナでいいわ。どうせ同じ学校の生徒なのですから」


 藍色の髪を耳にかけながら、ユリイナはその大きな瞳でカナデの顔を捉える。勝気な印象だった彼女が、夜の静寂もあってか、随分と穏やかに思える。そこには女性ならではのしおらしさがあった。


「じゃあ、ユリイナ。僕はここで一体何をしているように見える?」


「あなた、こちらが質問をしているのですけれど?」


 即座に聞き返されるカナデ。しかし、カナデは首を左右に振りながら、大きく溜め息をつくのだった。


「ははっ、そうだよな……。いや、実はわからないんだ。今僕がやっている流れが、本当に魔法を発動するためのものなのかどうか。これを繰り返せば、いつか本当に魔法が使えるようになるのかどうか。僕にはわからないんだ……」


 成果の出ない練習ほど辛いものはない。それでも、少しでも進歩しているとわかれば、人は励まされ、モチベーションも維持できるというものだ。しかし、今のカナデのこの状況は、茫然と立ち尽くし、ただ無心でナイフを握りしめているだけだった。


「ふうーん……真面目に魔法の練習やってたたんだ。あなた練習とか努力とか全くしそうにない人だったから、意外だわ」


「それはどうも」


 誉められているわけではなかったが、カナデの性格を見抜いていただけに、流石だと思った。


「じゃあ、私の前でもう一回やってみせてくれない? あなたのいう魔法の発動練習というものを」


 そう言ってユリイナは、カナデの身体をジロジロ見つめる。気恥かしさもあったが、カナデは言われた通り、練習の流れを見せた。そして最後にナイフを掲げ、魔法の名前を叫ぶが、カナデの手から、炎が放たれることはなかった。


「なるほど……これはかなりの重症ですわね」


 ――重症。


 その言葉がカナデの心に重く圧し掛かっていく。やはり、カナデは魔法が使えない人間なのかもしれない。


「あなたは、そもそも何のために魔法を覚えるの? 何をするために魔法を使うのかしら?」


「それは、魔法しか攻撃が効かない敵が現れた時に困るだろう? 物理攻撃には多少は自信があるけど、魔法は見ての通り、全然駄目だから」


 カナデの言葉に、ユリイナは頷くものと思っていた。しかし、彼女が見せたのは、怒りを帯びた鋭い目だった。


「あなた?」


「ん、何がだ?」


「どういうつもりで、魔法を使おうとしているの?」


「だから、 物理攻撃の効かない敵に……って何度言わせるつもりだ?」


 カナデには、ユリイナが何故、そう口にしたのかわからなかった。


「だからよ。だから、あなたには使の」


 それはカナデを全否定するような、ユリイナの宣告だった。

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