第7話 掴みかけた希望
「騙されてるよな、これ」
カナデは黄色い紙を、光に透かすように高く掲げている。紙には学校長らしき人物から、入学を許可したことを証明する旨の記載がなされていた。
「騙されてないよ、合格したんだよ、私のカナデ君は」
フェアリナは何故か、自分のことのように誇らしげに胸を張っている。
「いやいや、僕はセレスティアラの入試で、いや、そもそも入試どころか書類選考で落とされた逸材だぞ? それがたった1日で簡単に覆るものか?」
「普通はでしょ? でも、ちゃあーんとラファエリア魔法学校の魔法印が押してあるよ。理事長も確かこの名前の人だし、ふふふーん」
あげくフェアリナは鼻歌さえ歌っている。入学という第1の目標が果たせたと勘違いしているのだろう。
「お前は人を疑うことを知らないな。それにラファエリアってどこの学校なんだ? そもそも僕はセレスティアラしか受けてないだろ」
「ちょ、カナデ君。あのラファエリアだよ? セレスティアラを超える一部のエリートしか入れない魔法学校だよ? 本当に知らないの? あの聖天使ラファエリア様の学校だよ? 偉大なる大天使様だよ?」
大天使か。それはすごい存在なのだとはカナデも思う。しかしだ。そもそも、その天使の上に立つのが神や女神ではないのだろうか。フェアリナはどんな底辺の神様なのだろうか。これからを思うと、カナデは先が思いやられたのだった。
「まあ、最悪騙されていたとしてもだ。僕は失うものがないからいいとして、どうしてフェアリナまでもが合格なんだ? お前、そもそも試験受けてないだろ?」
そう、この通知には、確かにフェアリナの名前まで記載されていた。カナデの名前も含めて、一体どこから情報を仕入れたのかわからないけれども。
「まあ、私の場合、スタイルで選ばれたんじゃない? フフンっ、カナデ君、スカウトだよ、生まれて初めてのスカウトー!」
勘違いも甚だしいが、カナデは少しフェアリナが可哀相に思えた。こうやって前世の少年少女たちは、掴むことの叶わない未来を見させられ、簡単に騙されていったのだろう。そしてフェアリナも……。
「ああ、ついに世間様が、お前のドMを認めてくれたのかもな。良かったな、学校に入ったらみんなにいっぱいいじって貰えるぞ?」
「そ、そんなことないもん……。それに、私、これでも天界の女神様なんだよ?」
――女神?
「って、女神のお前が言うな!」
「あははっ」
照れたように笑うフェアリナ。女神らしからぬ存在という自覚があるだけ恐ろしい。しかし、現実問題、2人に入学通知が届くこと自体が変だ。カナデは何らかの意図を感じずにはおれない。はたして入学通知は本物なのだろうか。
「あれ、カナデ君。もう1枚紙があるよ? 何だろうね」
フェアリナがカナデから手紙を強引に奪う。薄ピンク色の髪がカナデの顔にかかり、甘い香りが漂う。
「何なに……? なお、入学者は、火の120日の正午までに、当校のB会議室の指定席に着席のこと。そこで中途入学の説明会を実施する。なお出席なき場合は、原則として入学を認めない」
「ちゃんと説明会開いてくれるのか。詐欺じゃないとしたら、しっかりした学校なんだな」
カナデは、それにフェアリナが頷いてくれるものと思っていた。
「ううん、全然しっかりしてない。むしろこれ入学詐欺かもだよ、カナデ君」
「ん? どうしてだ? 何もおかしいことなんてなさそうだけど」
「だってね、火の120日というのは今日の日付だし、正午までは後1時間しかないから」
――えっ?
「それ間に合わなくないか? って、僕は場所も知らないわけだけど」
「うん。ここからどんなに速く走っても最低5時間はかかるよ。だからこの通知は、絶対に入学できないようになってるのかもね。それか、単純に私たちがこれを貰うのが遅かったか。残念だね、カナデ君」
悲しげなフェアリナの表情に、カナデまで胸が苦しくなる。何とかしてあげたい。そんな気持ちがカナデに芽生えた。
「なるほど……。じゃあ、フェアリナはさ、せっかく掴んだチャンスを簡単に諦めたいか?」
「ううん、諦めたくないよ。だって私の召還した人間が、聖ラファエリア魔法学校に呼ばれることなんて、一生に一度あるかないかだもん。だから、出来ることなら、逃したくない。ううん、逃したくなかったよ……もう、全てが遅いけどね」
儚げに微笑みかけてくるフェアリナ。本当は悔しいのだろう。彼女の拳が小刻みに震えているのがカナデには見えた。
「でも、やっぱり諦めたくないよなあー。せっかく2人に開けた道だから。何とかしたいよな、なあ、フェアリナ?」
呼びかけられたフェアリナは、きょとんとしながらも、カナデの顔を不思議そうに見上げる。
「だから、掴まれ」
そんな彼女に、カナデは両手の掌を上に向け、そっと前に差し出す。
「へっ?」
「お前のお待ちかねのお姫様抱っこだよ」
フェアリナは意味がわからないのか、目を白黒させている。確かにこの動作も言葉も、唐突過ぎたのかもしれないとカナデは思った。
――でも。
「諦めたくないだろ?」
「えっ?」
「間に合うよ」
カナデの言葉にようやくフェアリナの瞳が虚ろに揺れた。諦めようとした想いが溢れ出るように、彼女の目はキラリと光り、やがては潤んだ。
「本当……に?」
「ああ、必ず間に合わせる。だから僕を信じろ」
「うん……」
カナデは軽い彼女を両手で抱え、しっかりと首の後ろに両手を回してもらう。普通なら間に合わない。でも、今のカナデが全力で走れば、きっと間に合うと思う。いや、間に合わないような力しかないようなら、最初から学校側も入学をさせないつもりだろう。カナデには見えた。聖ラファエリア魔法学校の望む力の存在を。彼らの意図を。
「いくぞっ!」
開いた窓から外に飛び出し、カナデは全身全霊をもって、地面を強く蹴り上げたのだった。
そう、絶対に間に合わせる。
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