第6話 ティオル・ロゼアーニャ

 パリのアパルトマンのような歴史を感じる宿で、その夜を明かしたカナデとフェアリナは、暖かに降り注ぐ日差しを浴びるように、朝から街に買い物へと繰り出した。


 カナデの一張羅である布の服を、昨日のならず者に、真一文字に切り裂かれたせいもある。フェアリナも新しい服が欲しいと言っていたが、彼女の身体や服には自浄作用があり、また朝から良い香りをさせていたので、カナデは少し我慢させることにした。


 ――すぐ与えても、ねえ?


 欲しがる動物に、簡単に餌を与えては、そこからの努力をしなくなることを、カナデは前世の記憶から知っていた。


 街中を歩いていると、フェアリナが妙にソワソワしているのに気づいた。カナデの背後に回り、彼の服の裾をその白い指で握りながら、やたらと周囲の様子を窺っている。


「どうしたんだ? ついにドMをこじらせて、見られたい願望が開花したとか?」


 彼女なら十分に可能性がある。素質も素養も十分なのだから。


「ち、違うよ……。何かさ、色んな人に見られてるなって、私じゃなくて、その……カナデ君がだよ?」


「ははっ……まさか、気のせいだろ?」


 見られる理由がない。カナデは高価な鎧も武器も、持っているわけではないのだから。


「ううん、やっぱり間違いない。絶対カナデ君が見られてる」


 ドMの彼女がそこまで言うのだから、間違いないのかもしれない。


「あっ、そっか、すごい。もしかして昨日の件で、カナデ君、ついに有名人になっちゃった?」


「いや、それはない」


 昨日の戦闘は、一般人には見えないほどの速さで動いたつもりだ。だから、カナデがケフトたちを撃退した情報は誰も知らないはず。そう、余程のレベルの人間が見ていない限りは……。


 ――だとしたら?


「あっ……」


 カナデは自分の服を見てハッとなる。何故なら、人目を大きく引きつけるものを、カナデが所持していたからだ。


「ああ、このが目立つからだよ。だから、みんな僕を見て笑ってたんだ。ほら、切れたところから、肌が見えてるし」


 そう言って、カナデはフェアリナに大袈裟に服の切れ目を見せる。彼女は顔を赤くしながらも、指をさして大笑いする。


「あははっ、カナデ君、まだそんなの着てたんだ。恥ずかしー」


 あまりにもフェアリナに馬鹿にされたので、カナデは腹が立った。


「てか、だからこそ、今から服を買いに行くんだろう? なら、お前のそのドレスも同じように破いてやろうか? 通りを歩けないくらいに、この木製のナイフでさ」


「へっ……どんなふうに……? 横はいいけど、縦は……色々危ないよ?」


 恥じらいながらも、フェアリナが上目遣いをしてくる。何故か、やる気満々である。


!」


 思い通りにはさせない。いや、させてたまるか。でも、ちょっぴり見たくはあるけれども。


 そんなこんなで、カナデたちはあっという間に防具屋に到着したのだが、店内に飾られた防具の数々は、どれも派手な上に重さや場所を取るものばかりだった。ピカピカに磨かれた鉄の鎧に鉄の仮面。銀糸で編まれた鎖帷子に、腰の高さまである大きな銅の盾。


 ――キャラじゃない。


 確かに防御力は高いのかもしれないが、今のカナデには不要なものばかりだった。


「破けない服とか切れない繊維の服はありませんか?」


 いかつい顔をした褐色の肌の主人に尋ねてみるが、「破ける服ならあんたが着てるじゃないか」と爆笑された。客を見て笑う。接客業としては失格である。


「あっ、ケット・シーのTシャツあるじゃん。これでよくない?」


 カナデは可愛らしいイラストが描かれたシャツを見つける。そしてそれを胸にあて、どこにもない鏡を探す。


「何か文字書いてあるな。現地語か? フェアリナ読めるか?」


「えっ、ティオル・ロゼアーニャ……あっ……うーん、いいんじゃない? このケット・シーが猫かぶってて可愛いし」


 フェアリナには文字が読めるらしい。ならば安心だ。カナデはそのTシャツを購入することにした。そのまま試着室でそのシャツを着て、フェアリナの前でくるりと回って見せる。何故か可笑しそうに口元を隠す彼女。後ろめたさがその口元に宿っていた。


「ティオル・ロゼアーニャだっけ? これどういう意味なんだ?」


 フェアリナの目は完全に笑っている。いや、可笑しさのあまり、身体の震えが止まらないようだ。



「お前は馬鹿にしてるのか?」


「だって、そう書いてあるんだもん! それをカナデ君が選んだんだもん、ぷぷぷっ」


 お腹を抱えて笑うフェアリナ。彼女にしてやられた。でも、ケット・シーが可愛いからいいか。朝までと捉えればいいわけだし。


 店を出ると、再び街の人の好奇の眼差しがカナデを襲った。大人はもちろん、子供にまで指をさされる始末である。カナデは逃げるように、一旦宿へと戻ったのだった。


 宿に到着するや否や、ふくよかな受付のおばさんが、カナデに何やら黄色い手紙を持ってくる。


「お客さん。あんた宛に封書が届いてるよ……って、何だい、その下品なシャツは。ティオル・ロゼアーニャとか、あんたたち、お盛んなことだねえ」


 おばさんもカナデのシャツを見て、可笑しそうに笑う。そしてその視線は、当然フェアリナにも注がれた。つまり、そういう意味で捉えたのだろう。


「ふぇっ……ち、違いますよ! 私は朝までニャンニャンしないもん!」


 ――いや、だから。


「はい、はい。他の宿泊者もいるんだから、あまり大きな声を上げないでおくれよ、まったく……」


 そう言いながら、おばさんは受付の中に消えていった。フェアリナは満更でもないのか、カナデのTシャツの裾をギュッと握りしめてくる。


「ねえ、カナデ君……」


「ん? 何だ?」


?」


「絶対にしません!」


 逃げるようにそそくさと部屋に戻ったカナデたちは、早速封書を開封する。黄色い封書には、届け先の本人にしか開けられないように、魔法で封がされているようだった。その中から、1枚の紙が目に飛び込んできた。


「合格通知」


 ――ん?


「カナデ君、こっ、これ……?!」


「合格通知だ。えっ、でも何で……」


 ありえなかった。カナデが受かるはずはなかった。何故ならそれは、カナデが入学試験を受けてもいない聖ラファエリア魔法学校からの合格通知だったのだから。

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