第15話 フェアリナ救出作戦①

 聖ラファエリア魔法学校の裏手に高い山がある。ボルドによると、その頂上付近に建てられた神殿のような建造物に、フェアリナたちが連れ去られた可能性が高いらしい。魔法を使用すると、微かに待機中のマナが振動する。それは水面に一滴ひとしずく落ちたように、波紋を広げる。それが点々と足跡のような形となるので、レベルの高い魔法使いには、大体の居場所がわかるとのこと。もちろん、そういったマナの振動を消す影魔法もあるそうだが、今回の相手はそれを使えない術者らしい。


 ――あるいはわざとか。


 カナデの中では、1つの疑念が浮かぶ。講義が終わり、生徒たちが多数校内を歩いていた状況下で、はたして易々とフェアリナたちを誘拐出来るだろうか。


 可能はあるとカナデは思う。もし出来たとするならば、きっと影魔法で気配を消したり、姿を消したりするのだろう。しかし、そんな高レベルの術者が、どうして、フェアリナたちを連れ去った後、マナを消す程度の影魔法を使わなかったのか。


 推測はある。しかし、考えるまでもなく、答えはこの山にあるともカナデは思った。そう、もしそうだとしても、彼らに試されるのではなく、こちらが試せば良いのだから。


 緑一色に刷毛はけで塗り広げられたような山を、カナデは眩しそうに見上げ、そっと口元を緩める。まるで中高生の部活で、お寺までの階段ダッシュをする時のようなそんな面持ち。自信がある。だからこそ、越えるべき試練が、カナデは嬉しくて仕方ないのだ。


 目を閉じて、耳を澄ませる。幾人もの気配が、この鬱蒼とした森の中、怪しく蠢いている。まるで、カナデが来るのを今か今かと待ちわびているように……。


 ――さあ、どうしたものか。


 相手がこの学校の人間の可能性が高い以上、フェアリナを救うだけなら本気を出しさえすれば容易だ。しかし、カナデの動きは、恐らくボルドに監視されているだろう。彼自らカナデの力を見極めたいと言っていたくらいだから。


 ――目立ちたくないな。


 カナデの本心としては、この学校では出来る限り力を隠し通したい。レベル1の最弱というステータスがいつか役に立つ可能性もある。そのためにも、敵を欺くにはまず味方からである。


「さあ、行こうか!」


 カナデは地面を蹴り、山道を疾走していく。途中、魔法の罠らしきトラップがいくつかあったが、カナデはそれにひっかからないように避けて通る。連続する木々を掻い潜るように、1歩1歩前進していく。その度に、落ち葉を踏み締める音や、土の臭いが、カナデを懐かしい気分にさせてくれていた。


「ん? 敵か」


 山の中腹あたりで、人の気配がした。カナデはどんな相手が待ち構えているかと、息を潜めたが、そこから動く様子はなかった。


 ――罠か。


 カナデが飛び出したところを襲うつもりなのだろう。しかし、このまま待っていては、連れ去られたフェアリナが喜ぶだけだ。相手が動かない以上、カナデから動くしかない。カナデは相手の誘いに乗ることにした。


 ゆっくりな速度でカナデは飛び出す。そこを襲うはずの魔法。


 ――あれ?


 カナデは何処かから飛んでくるはずの魔法に身構えていたが、狙われやすい広い場所に出ても、一向にそれが襲うことはなかった。


 ――どうした……?


 よっぽど慎重派の生徒なのだろうか。カナデは周囲を見回すが、やはり敵が攻撃してくることはなかった。


 ――あれ……?


 その代わり、奥の木の根本に、人が倒れていた。まさか、人を助けるミッションなのだろうか。攻撃魔法だけでなく、回復魔法も使えないカナデは、焦りを浮かべる。いや、まだ決まったわけではない。助けようとしたところを、狙われる可能性もあるのだから。


 ゆっくりとカナデは近づいていく。仰向けに倒れているのは、聖ラファエリア魔法学校の制服を着た男子生徒。生徒とわからないように、視野をぼかす黒い魔法のコートを羽織っているが、この状況ではバレバレである。


 ――やはり。


 カナデは試されていたのだろう。おそらくは新入生歓迎のイベント。でなければ、あれだけいたはずの生徒たちが突然消え、偶然にもフェアリナがさらわれ、その救出に、ボルドがカナデだけを向かわせはしないだろう。


 それにここは学校の校区内だ。もともと敵が入ってこられるはずがなかったのだ。そう考えると、カナデの心は一気に軽くなった。


「大丈夫ですか?」


 カナデは用心しながらも、仰向けに倒れている生徒に呼びかける。しかし、反応はない。仕方なく、カナデは彼を背中から抱え、身体を揺らして起こそうとする。


 ――えっ?


 


「だ、大丈夫ですか?」


 カナデは焦りからか、声が上ずってしまう。目の前の男子生徒は、冗談にしても演技が上手すぎた。これだと本当に彼が死んでいるみたいじゃないか。


 血の気が引いた。


 腕の脈をとり、念のためにカナデは、彼の胸に耳をあてる。カナデが欲しかった反応がそこにはない。今度は、口に手をあて、息を確認する。やはり、カナデが求める反応は、彼からはみられなかった。


 背筋がゾクリとした。


 ――


 意味がわからなかった。これは学校の試験じゃなかったのか? あくまでカナデを試す架空の誘拐事件じゃなかったのか? どうして、本当に人が死ぬのだ? 意味が、意味がわからない。


 そしてカナデは今更ながら、1つの事実に気づくのだった。


「フェアリナが危ない!」


 そう、最早、これはただの訓練ではない。そしてこの生徒を殺した以上、犯人はフェアリナをも殺害する可能性があるのだった。


 ――急げ、急げ。


 カナデは全能力を解放した。

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