第14話 褐色の悪魔

「俺の身体がどうしたって?」


 褐色に肌の焼けたボルドは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、その白い眼でカナデを見下ろしている。ある意味でカナデを玩具にしていた女子3人組は、いかつい彼に怯えながらも、カナデの反応を可笑しそうに笑っている。しかし、それでも3人の身体が、カナデの背にフェードアウトするのは、外敵から身を守るための防衛反応だろう。それにしても、何てタイミングだとカナデは苦笑した。


「お前ら、俺の身体を馬鹿にしていなかったか?」


 再度、ボルドの鋭い眼光がカナデを襲う。


「いえ、ボルド先生が立派な筋肉をしているなって、丁度今みんなで話していたんです。鍛え上げられて強そうで憧れるって、ねえ?」


 カナデはわざとらしく女子3人に話を振る。カナデの背中で、3人も話を合わせるように、うんうんと頷いてくれる。いや、頷かなければ、カナデたちに待っているのは死だ。


「ほう、そうかそうか。、5人ともよくわかっているじゃないか。魔法を志すものは、ついつい魔法値依存になってしまうが、実際の戦闘では、肉体ありきの動きしか出来ん。どんなに強大な魔法が使えようと、それを発動させ、維持するだけの肉体がなければ、敵に攻撃が当たることはおろか、結局誰も守れず、味方を傷つけることになるやもしれん」


 まさに正論だ。その点に関してだけは、ボルドはわかっているなとカナデは毎回感心させられる。


「そもそも戦場では――」


 ふと話を聞き続けていると、ボルドは気持ちよさそうに、熱い持論を延々と語っていることに気づいた。もちろん勉強になるし、人間的にも成長させられるだろう。しかし、あまりにも話が長引きすぎて、カナデは相槌を打ちながらも、その終わることのない話に、やがては疲労を覚えて始めてしまう。きっとそれは背後の3人や、フェアリナだって一緒のはずだ。


 ――あれ?


 ふと背後を見ると、BL疑惑とカナデを弄んだあの女子3人組は、いつの間にかこの場からいなくなってしまっていた。フェアリナも見当たらないのは、話に疲れてだろうか。それとも女子3人組と意気投合して、何処かで濃い目の話をしているのかもしれない。


 いいや、彼女たちだけではない。よくよく考えたら、教官のアマネも危険を察知してか、既に教室からいなくなっていた。ある一定レベルの魔法の使い手になると、もしかしたら、その気配でわかるのかもしれない。つまりはカナデだけが、褐色の悪魔の生け贄にされたということだ。


 ――してやられた。


「つまり、戦闘において魔法は――」


 なおも止まらないボルドの演説。カナデの耳もそろそろ限界を迎えようとしていた。



 ふと、辺りが騒がしくなり始めた。流石のボルドも異変に気づき、言葉を止める。そこに駆け寄る若い教官。ボルドの耳元で、爪先立ちをし、小声でひそひそと囁いている。


 ――助かった。


 カナデは安堵から溜め息をつくが、いまだにその頭の中では、ボルドの声が校歌や社是のように再生されていた。


 さっきまで恍惚の表情で語っていたボルドの顔が、みるみる険しいものになる。カナデもそれを見て、学校で何かが起こったのだと理解したのだった。


「カナデ君、


「えっ? それはどういう……」


「何者かが、学校内の魔法結界を突破し、フェアリナ君を含め、数人の生徒を誘拐したようだ」


 カナデがボルドの教えを請うている間に、彼女はさらわれたというのか。だとしたら、さっきまでいた女の子たちも一緒に誘拐された可能性が高い。


 ――何てことだ。


 今頃、喜んでさらわれているフェアリナの姿が、カナデの目に浮かぶ。きつく縛られていたり、上手に言葉責めされたりしていたら、彼女はもうここには戻れないかもしれない。


「カナデ君」


 ボルドの熱い視線がカナデに向けられている。


「はい」


 そしてそれを真正面からカナデは受ける。


 見つめ合う2人。決して危ないことは起こらないくらい、2人とも真面目な眼差しだ。


「君の力が見たい。この件を君1人で解決してみせてくれないか?」


「レベル1の人間にそれを頼みますか?」


 鼻で笑いながらも、カナデはボルドを試すようにそう聞き返した。


「ふっ、ただのレベル1が、この学校に入れるわけがないだろう? 俺に君を見極めさせてくれ。これがその絶好の機会だと思っている」


 人の命がかかっているかもしれないのに、余裕だなとカナデは呆れる。しかし、生徒を誘拐をするということは、金銭目当てだったり、物目当てだったりと、何かしらの目的があるということだ。そして彼はそれを知っていると考えられる。


「失敗した場合は?」


「君はこの学校に必要がないと、俺は判断する」


 手厳しい申し出だ。しかし、カナデには断る理由はなかった。


「どちらにしても、フェアリナ以外の女の子たちは怖がっているはずです。だから、誰かが助けないといけない。でしたら、僕の答えは出ていますよね。ボルド先生」


 ニヤリと笑うボルド。邪悪な笑みが、まるで何かを企んでいるようで、酷く不気味に感じられた。


「理想的な解答だ。君が無事戻れたら、褒美にキスしてやろう。男同士の約束だ」


 ――って、それかい!


「いえ、結構です。また女子たちに勘違いされてしまいますから」


 もしかしたら、カナデとボルドの黒い噂は、軍隊にありそうな彼のブラックジョークが生んだのかもしれない。


 ――いや、絶対そうだ!


 BL疑惑を晴らすため、いや、フェアリナたちを救うため、カナデはボルドに指示された山道へと進んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る