第24話 嫌な予感

 ようやく女の子たちに解放されたのが夕方。カナデが学生寮に戻ろうとしたところ、唐突に黒髪美人教官のミリアに呼び止められた。カナデの特殊な魔法で、大きな騒ぎになってしまったことは間違いがない。何か彼女に注意されるのだろうか。カナデはびくびくしながらも身構えてしまう。


「ねえカナデ君。ボルド先生、私のことは何か言ってなかった?」


 ――あれ?


 カナデのことではなかった。しかも、あのボルド軍曹のこととは、彼女は元々彼に何か言いつけられていたのだろうか。そしてそれがうまくいったかどうかを見極めようとしていたとか……。妄想は膨らむばかりである。


「ボルド先生が何か……ですか? いえ、特には」


「そう……なの……」


 悲しげに視線を落とすミリア。何か助けられるものなら手伝ってあげたいが、今のカナデには何も協力出来そうになかった。だって、そもそもボルドの話題に、彼女の名前は出てこなかったのだから。


 傷心したように蒼褪めたミリアが姿を消すと、入れかわるようにフェアリナがやってきた。どうやら、講義が終わってずっとカナデを探していたようだ。カナデの心配をよそに、彼女の表情はかなり明るかった。


「カナデ君すごいよ! Aクラスの人たち、年収2万ルルドだって! やばい、やばい!」


 フェアリナは目を輝かせ、欲望丸出しになっている。正直、心配して損をしたとカナデは呆れてしまった。この分だとうまくAクラスに溶け込んだのだろう。


「ははっ、2万ルルドか。それってすごいのか?」


 フェアリナには伝えていないが、カナデの所持金は未だ約10万ルルドである。


「すごい、すごい。伝説のミカドのケーキが2000個食べれる額だよ。毎日パーティだよ? ミカド! ミカド!」


 ミカドがよくわからないが、とにかくすごいのだろう。しかし、霊鋏れいきょうグワナダイルが、わずか1本で10万ルルドで売却出来たことを考えると、カナデの手元というか倉庫フェアリナの中にある残りの9本を含めて、今、カナデには100万ルルド前後の資産があることになる。


 ――Aクラスの人の50年分か。


 それで大富豪のように言われるのだから、どうやらカナデは、お金の面に関しては、一生困ることはなさそうだ。


「ミカド! ミカド! ミーカードのケーキー!」


 フェアリナは自らのステッキを掲げながら、部族の踊りのように怪しくぐるぐる回っている。


「やめい! やめい! 何だその踊りは!」


「エヘヘッ」


 お金やケーキの話になってか、フェアリナは上機嫌だ。よほど思い入れが強いのだろうか。そういえば、カナデを召還する時から、お金や財産には執着が強かったように思う。それこそよだれを垂らすほどに。


「お前、女神のくせに俗世に詳しいよな。さてはずっと天界から覗き見して憧れていたな?」


「違うもん。カナデ君の前の人たちが貧乏で、この世界に来ても、ずっと指を加えて我慢してただけなんだから」


 唇をかみしめながら、フェアリナは反論する。しかし、怪しい踊りはそのままである。


 ――なるほど。


 ずっと食べたかったのだろう。そして羨ましかったのだ。それを食べることが出来る上流階級の人間たちが。だからこそ、彼女は欲に駆られているのかもしれない。


「それで、そのセレブなAクラスのやつらはどうだったんだ? やっぱり強い奴がいたか?」


 あのボルドが担任をしているクラスだ。きっと才ある若者たちが大勢いることだろう。

 

「うん、やっぱりすごかったよ」


「どんなところが?」


「男の子同士の筋肉自慢コンテストやってたり、女の子が貴族の令嬢ばかりで、資産やスタイル自慢のミスコンみたいなことやってたり、半分しか学校に来ない怠け者さんがいたりとか、まるで動物園みたいだったよ」


「動物園か……って、よくお前が言えるな。でも、何か想像以上にやばいな。春でもないのに、頭お花畑祭りを開催していそうだ」


 フェアリナが何人もいると考えると、なかなかに危険なクラスである。


 ――守れるのか?


 カナデ抜きにそのAクラスだけで、他校から守り抜くだけの実力があるのか今の段階では疑わしい。ただ1ついえるのは、ふざけるだけの余裕が彼らにはあるということだ。


「あ、それにねー。男の子たちに、フェアリナちゃん、綺麗な髪色してるねって言われちゃった、エヘッ」


「髪色以外は残念だけどな」


「何それー、ひどいよ」


「はははっ」


 実際見た目以外は残念である。それを言ってしまうと本当に落ち込んでしまいそうだから、カナデはいつも言葉を飲み込むのだった。


「そうそう、カナデ君のこともよく聞かれたよ?」


 ――やはり。


「いつの間にか、僕とフェアリナは有名人みたいだしな」


「うん、そうみたい。それでね、カナデ君のこと良く聞かれるから、私が適当に答えといたよ」


 珍しく気が利くじゃないか。カナデは感心して笑顔になる。


「それで、大丈夫だよ。でも何て紹介したんだ?」


「私のって、エヘッ」


「そこは! それまた誤解生む奴じゃないか。ただでさえ、色んな疑惑が僕には生まれているのに……よりによってニャンニャンとか、男子を敵に回す魔法の言葉じゃないか」


「エヘッ。やっぱり私の攻撃魔法は、まっすぐ当たらないね」


 まっすぐどころか、ブーメランのように戻ってきて、今カナデにぐさりと突き刺さっている。明日からの学校生活が、さらにきついものになることが確定してしまった。カナデは、薄暗くなった空を見上げ、大きく溜め息をつくのだった。





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