第12話 魔法値を測ろう

 アマネの授業はすごくわかりやすかった。この世界での魔法という概念は、人の想像力を突き詰めることによって生み出されるらしい。


 たとえば、火。熱いというイメージや何かが燃えている姿を想像して、そのイメージを脳内からぶれないように、魔法のステッキやロッドの位置まで移動させる。するとそこで術者本人の魔力マナと混合し、魔法体に変換され、ステッキやロッドなどの武器を通して火の属性魔法が発動する仕組みだそうだ。


 水の場合も同様で、滝や川の流れを想像すれば、水属性魔法が発動するとのこと。ただし、大原則として、氷結属性は、火炎属性と同時に覚えることは出来ないし、水属性は、雷属性と共存することは出来ないなどの属性の反発というものがあるらしい。このあたりは、元の世界の元素や化学式を考えれば、カナデも納得がいく。


「よっしゃー、じゃあ、まずは2人の基礎魔法値調べるから、この水晶に触れてみてー。これはねー、触れる人の魔法値の高さによって、色が白から青、黄色、緑、赤っていう風に変化する特殊なオーブなの。噂によると、昔話に出てくるような八賢者様は、オーブが金色や銀色に輝いていたんだってーすごいよねー」


 金色に輝いたら、色んな意味で神がかっている。最早人間ではないだろう。


「例えば、私がこれに触れると、ほーら見てみて。緑色に変わるでしょー? レベルが上がって、ある程度の強さになったら、どんどんレアな色に変わるから、あなたたちも私のような高等魔法使いを目指すといいよ」


 そう金髪ツンテールを揺らしながら、アマネは自慢げに笑う。


「アマネ先生、私もやってみたいです」


 フェアリナが両手を自らの胸の前で組みながら、その大きな目を輝かせる。好奇心旺盛の彼女だから、カナデは先にやらせて上げようと思った。


 やがて、フェアリナが白く透き通った手を、透明な水晶に伸ばす。丸い水晶の中身が、逆時計回りに白く渦を巻き始め、その中身がどんどん色づいていく。彼女の色は白から青、黄色、緑と変化し、やがては赤に変わっていく。


「ちょ、えっ、嘘でしょー? 何であなたが赤になるわけ?」


 フェアリナの勢いはそこにとどまらなかった。赤に染まったと思うと、つぎは紫に変わり、それもすぐに銀、金と変わり、最後には虹のようなが渦巻くオーブへと変化していったのだった。


「……はい? ねえ、何? 何よ、この色、ってか、あなた何? 何者? はあ? 私の立場は? ええーっ?」


 フェアリナの魔力に、アマネはすっかり混乱していた。それもそうだろう。だって彼女は女神、つまり神様の一人なのだから。


「エヘヘッ」


 フェアリナは嬉しそうに照れ笑いをしていた。確かに彼女は魔法だけは得意だった。元々が女神様だから、カナデは全く驚かないが、アマネの驚きようといったら、目が飛び出すどころか、しばらく放心状態になってしまっていた。


「アマネ先生。フェアリナは、今までその魔法値の高さで、色々と辛い思いをしてきた経験があるので、どうか、学校内では内緒にしてもらえませんか? 彼女のことを公表すると、逆に混乱が起こりそうです」


 カナデがフォローを入れると、アマネはようやく我に返ったように、瞬きを繰り返した。


「そ、そうね。彼女レベルの魔法値があると、よくない抗争に巻き込まれたりしそうだよねー。わかった、わかったー。お姉さんがあなたを守ってあげるから」


 そう言ってアマネはフェアリナのほっぺにキスをする。それをまたフェアリナは「エヘヘー」と嬉しそうに受け入れていた。


 ――今度は百合か。


 まあ、ボルドとカナデの危険な疑惑ではなく、この2人の組み合わせなら見ていて美しく、そして微笑ましいのだけれど。


「ねえねえ、リナちゃん。あなた、攻撃魔法も得意だったりするー?」


 アマネにニックネームで呼ばれるフェアリナ。リナという呼び名は、カナデにも可愛らしく思えた。


「ここだけの話、私が攻撃魔法を使うと、んですよ。エヘッ」


 ――エヘッじゃねえ!


 もしも、彼女レベルの魔法値で、攻撃魔法が味方を襲ったら、それこそ血の海になるだろう。それは即ち、パーティの壊滅を意味していた。冗談じゃない。全く喜べない話ではないか。


 ――あっ……。


 そしてカナデは、一つフェアリナに嘘をつかれたことに気づいた。彼女は確か、カナデがグワナダイルに襲われた時、相手の血を見たくないからと言って、補助魔法だけにしていた。しかし、実際には攻撃魔法が下手だから使わないようにしているだけのことだった。


 ――恐ろしい。


 流石のカナデも、彼女の攻撃魔法にだけは殺される気がしてゾッとしたのだった。


「それにしてもすごい逸材だねー。教官としてはかなり嬉しくはあるけども、同じ究極の魔法使いを志す身としては、複雑な心境ねー」


 それがもっともな思考だろう。しかし、カナデは知っている。色んな意味で、彼女という存在が常識では計れないことを。


「よし、じゃあ次カナデ君いってみよっかー! まあ、あなたはレベル1だから、私の期待には応えてくれそうだけどー」


 アマネの言う通りだ。しかし、カナデもまた常識では計れないことを、自分自身で知っている。


 ――パリンッ。


 カナデがオーブに触れると、その水晶は、綺麗に真っ二つに割れてしまうのだった。


「ええっ? ちょっと、何で割れるのよ? これ、貴重なレアマナの結晶で出来てるのよ? もうー寿命でもあるの? また怒られるじゃない、私ー。ああっ、何でこんなについてないのよー」


 慌てふためきながら、ムスッとした表情をするアマネに、カナデはそっとまたフォローを入れる。


「アマネ先生。多分これ、さっきのフェアリナの測定で、オーブごと壊れてしまったんですよ。だから、僕レベルの測定でも、簡単に割れてしまったんじゃないでしょうか」


「おおー、なるほどー。あなた意外に冷静なんだねー。今まで積み重ねたダメージが、水晶を割ったって考えれば、何の問題もないわけかー。ああ、それなら良かった、良かったー」


 笑顔に戻るアマネ。何とか彼女の機嫌を損ねずにすんだようだ。本当は、魔法値が高すぎて、オーブを割ってしまっただんて、もちろん言えるはずもない。カナデのレベルがそうであるように、きっと魔法値も上限を超え、一周しているはずなのだから。


「じゃあ、理論も終わったし、次は攻撃魔法の実技行ってみよっかー!」


「オー!」


 そう言った後で、アマネは自らの失言に気づいたようだった。彼女の目の前では、あのフェアリナが無邪気に拳を突き上げ、を、大いに喜んでいたのだから。


 ――た、助けてください。


 頭お花畑のフェアリナは、自らの恐ろしい癖も忘れ、攻撃魔法の詠唱に入っていた。カナデはそれを止めることが出来なかった。

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