第1章 レベルが上がらない転生者は、魔法学校に入学出来ない

第4話 フェアリナの秘密

 尻尾が3つある青や黄色のカラフルな猫たちが自由に走り回る賑やかなカフェ「キャットdeキャット」。その隅っこの木製のテーブルで、カナデは猫の爪研ぎで傷ついたベージュの壁にその身体を向け、白い紙を広げていた。その表情も、そして座り姿さえも、雨に打たれる石像のように、冷たく固まっているようだった。


「ねえ、どうだったの?」


 フェアリナが、空気を読まずに、横からちょこんと身を乗り出してくる。もちもちした柔らかい肌が、カナデのほっぺにぴたりと吸いついてくるが、今は何の感情も抱けなかった。


「不合格だってさ」


 息を吐きながら、ぼそりと呟くカナデの声に、やはり覇気はない。


「あはは、だってカナデ君、レベル1だもんねー」


 小馬鹿にしたように笑うフェアリナに、カナデは苛立ちを隠せなかった。


 ――魔法学校からの不合格通知。


 予想はしていた。魔法学校とはいっても、希望すれば誰でも入学出来るわけではない。現実世界の就職試験や入学試験のように、ある一定水準以下のステータスの人間は、ふるいにかけられ不合格となり、より優れた才能のみが入学の資格を得ることが出来る。そしてそれがそのまま、能力や財力の差となる。ある意味で理にかなった仕組み。現実世界と同じ格差社会がそこにはあった。


「でも、すごいよね。まさかレベル1のまま、あの名門セレスティアラ魔法学校の入学試験を受ける人がいるなんて」


 カナデは予め、フェアリナに入学試験のボーダーラインを聞いていた。まずレベルが20以上であること。魔法値が50以上あること。そして中級魔法以上が使えることである。この三つの中の二つを満たしていれば、合格する可能性が高かったらしい。しかし、ご存知の通り、カナデはレベルが1であり、魔法値も1、そしてそもそも魔法が使えない。自己申告制だから嘘をついてもよかったが、いずればれる嘘などつかないほうが得である。そう、つまりカナデの人生は、この異世界に転生したその時点から、すでに詰んでいたのである。


「今頃、学校でも笑いのネタにされてるんじゃない? 名門校に初期レベルのある意味勇者が来たって、あははっ」


 なおもカナデの隣で可笑しそうにケラケラと笑うフェアリナ。彼女の性格的に悪気はないとは思うが、流石のカナデも、一言毒づかずにはおれなかった。


「なあ、一体、誰に召喚されてのレベル1だと思ってるんだ?」


 こんなはずではなかった。本来ならカナデは悠々と試験をパスし、飛び級での華々しい卒業を果たすはずだったのだから。すべてはこの駄女神のせいだ。


「あっ……そうだった。何かごめん……」


 自分のせいもあるという自覚が芽生えたのか、フェアリナはようやくシュンと小さくなる。しおらしい彼女の姿を見ると、カナデは小言を言ってしまったことを少し後悔するのだった。


「でも、これからどうするの? あなたが魔法学校に入学してくれなきゃ、私も……その……困るじゃない? あなたはまだ稼ぎだってないんだし……」


 まさか女神に、お金の心配をされるとは思ってもみなかった。


「じゃあ、フェアリナに脱いでもらおうか。このままだと、僕らは飢え死にしてしまうかもしれないしな」


 我ながら名案だと思った。フェアリナの補助魔法を見る限り、たとえ攻撃こそしなくても、野良の戦闘パーティーのサポートは出来るはずだ。少なくとも、かつてカナデがプレイしてきたゲームで、攻撃無効や反射の魔法は、最高難度のものだったから。つまり彼女の魔法はお金になるということである。


「人肌って……ぬ、脱がないよ? 私の裸なんて需要ないし、ねっ?」


 吹き出してしまうカナデ。まさか、そういう勘違いをされてしまうとは……。


「己は本当に神様か。ひと肌脱ぐっていうのは、この世界に詳しい女神様なりに、知恵を出してもらおうってことだよ。別に人の肌で暖めるとか、そんなことはしなくていいから」


「あっ……ああ……」


 ようやく理解してくれた様子のフェアリナ。察した瞬間の彼女は、顔を赤らめ可愛らしくみえた。


 ――それにしても。


「なあ、そんなにお前は脱ぎたいのか?それでお金稼いできてくれるなら、僕は構わないけど」


「ひ、ひとでなし!」


「女神様に言われる科白じゃないな。それに転生した以上、もう人じゃないかもしれないし」


「でも脱がないから」


「じゃあ、縛る?」


「えっ、服のまま縛るの? そんなのありなの?」


 妄想しているのか、フェアリナは目だけ上を向いたまま、何故かニヤニヤしている。


「いや……」


 駄目だ。こいつは真性のドMだ。だ。


「とにかく、お金の算段しないと。これから野宿というわけにはいかないからな」


 カナデはこれまで3000体のモンスターを倒した。だから、多少の蓄えはあるのだが、それが二人分となると話が異なる。


 ――って何故に2人分?


「なあ、フェアリナは神様だし、別にご飯とか食べないだろうし、寝るのも天界に帰れば良くない?」


 確信をついたカナデの言葉に、フェアリナは相槌を打ってくれるはずだった。しかし、彼女の顔に浮かんでいたのは、予想に反して、今にも泣きそうな表情だった。


「私だって食べるんだよ? 食べないと死んじゃうんだよ? あと、甘いものも好きだよ? やっぱり食べないと死んじゃうよ? 3日にいっぺんは食べないと、死んじゃうんだよ? 私はそんななのよ?」


「死なねえよ!」


 即答で瞬殺。その上恵まれないなど言語道断である。


「死ぬのよー、殺されるのよー、甘いものがないとー、殺されるのー」


「はいはい」


 最早、彼女の痛さにも慣れてしまった。


「仮に百歩譲って、食べないと死ぬのは女神様も一緒だとしてだ。流石に寝るのは天界でいいだろう?」


「あのね、凄いこと言っていい?」


 フェアリナの顔が何故か喜びに満ちていた。カナデは嫌な予感しかしなかった。


「何だ? お前に言われると、ものすごく怖いんだが」


 ニコニコしながら、フェアリナはウンウンと首肯く。


「天界からこっちの世界に来た時に、次元をこえる魔法でレアマナをほとんど使っちゃったから、また戻れるようになるために、レアマナを探さないといけないのです。エッヘン」


 ――確信犯的だった。


「今時、エッヘンとか使う人いないぞ、昭和の女神」


「昭和? 何か長く続きそうだから縁起がいいね、誉め言葉かな、てへっ」


貶しディスり言葉です」


「うわー、凄いね。私はやっぱり天才だ」


 何がやっぱりなのやら。絶対に彼女は意味がわかってないはずだ。流石は頭お花畑の女神。まさかこれほどまでとは……。カナデは呆れることしか出来なかった。


 ――こうなったら。


 前向きに考えよう。後ろ向きになると、フェアリナの不気味な笑顔しか見えない。このままでは、その駄女神の毒に染まってしまいかねないのだから。


「とりあえず、グワナダイルの戦利品を売却しよう。魔法1強の世界で、ハサミみたいな剣とか意味ないだろうし」


「えっ、いきなり出すの? 私、準備出来てないのに……あっ、んふぅっ……」


 今、カナデの手には、グワナダイルの死骸から入手した霊鋏れいきょうグワナダイルが握られている。見た目はハサミの片刃型で長尺もの。ある意味肉切り包丁のような武器だ。そしてそれが10本もストックがあったのだ。


 ――えっ、って?


 カナデに関してだけいえば、何故か女神様の身体の中が、アイテム倉庫になっているのだ。そしてその身体に手を突っ込みアイテムを取り出すので、世間的にはモザイクがいるかもしれない。あくまでも世間的にはである。そしてその度にフェアリナが赤面しながら恥ずかしそうに声を漏らし喘ぐので、カナデはなかなかアイテムを取り出せずにいたのだった。


「ハァハァ……」


 その場に膝から崩れ、放心状態のフェアリナ。彼女をそのまま放置し、カナデは霊鋏グワナダイルを1本、武器屋に持ち込んだ。


 売り値は10万ルルドだった。それがどれくらいの価値なのかはカナデにはわからない。だけれど、武器屋の犬顔亜人が、腰を抜かすほど驚いていたので、そこそこのレア武器だったのだろう。だから、2週間くらいは生活に困らないはず。そして、新しい服も買えるはずだ。


「これで布の服から卒業だー」


 店の外に出てガッツポーズをするカナデ。しかし、安堵の息をついたのも束の間、「きゃああああーっ?!」と、どこか聞き覚えのある女性の悲鳴を、カナデは耳にしたのである。




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