第10話 同じ言葉

 カナデたちは、一斉に声のしたほうを振り向く。会議室の入り口で、腕を組んで仁王立ちしている40代手前の男性が一人。その肉体は鍛え上げられた筋肉に覆われ、肩幅が広くがっしりしている。年齢を考えると教官なのだろうか、赤い幾何学模様の法衣から、こんがり焼けた焦げ茶の肌が露出している。顔立ちは眉を含めてかなり濃い目で、髪をそり上げていることも考えても、軍隊にでも所属していそうな、それこそ軍曹と呼ばれてもおかしくないほど素で厳つい風貌だった。


「ボ、ボルド先生、いらしていたんですね」


 あのユリイナがボルドと呼ばれた教官相手に委縮している。やはり彼は、学校内でもそれなりのポジションにいるのだろう。


「まさか、ユリイナ君。彼らに返り討ちにあってしまったか。わざわざ学校の執行委員を2人も配置しておいたのに、それを撃破してしまうとは、流石は中途入学を許されたものというべきか」


 ボルドの鋭い眼光が、カナデとフェアリナを襲う。学校の執行委員ということは、ユリイナとヒュウマは別に専属の守衛ではなく、ただの生徒だったということか。流石は、ラファエリア。レベルが高い。


「いえ、先生、違うのです。私はたまたま魔法の反射で意識を失ってしまい、ヒュウマはその……わけあって私が倒してしまったのです。ですから彼らは運が良かっただけなのです」


 ユリイナの言う通りだ。カナデたちは色んな運の要素に作用されて、今この場所にいる。


「ほう、では君は、もし彼らが本当は他校の侵入者で、この学校がそのまま襲われていたとしても、相手の運が良かったで済ませるのか?」


「そ……それは……」


 ユリイナは困ったように口籠る。


「いいか、ユリイナ君。勝負の世界に運などない。全ては実力だ。負けるのも実力。勝つのも実力。そして、生き残るのも実力だ」


 右手の拳を握り締めながら、熱く語るボルド。彼のいうことが真っ当すぎて、カナデはただ感心するばかりだった。


「負けたのならば、次絶対に負けないように鍛錬あるのみだ。それこそが戦場で生きる術なのだからな」


「は、はい、ボルド先生!」


 きっとこのボルドは戦いが好きなのだとカナデは思った。そして戦いを知り尽くしている。だからこそ言える説得力に満ちた熱い言葉。こういう教師のいる学校なら、大丈夫だなとカナデは顔を綻ばせた。


「それでここに座っているということは、君たちは、我が聖ラファエリア魔法学校に入学の意志はあるのかね?」


 鋭い目が再びカナデたちに向けられる。2人とも即座に頷く。


「もちろんです。そのためにここに来たのですから」


「では、入学して、君たちは何をしたい? 未来に何を望む?」


 人物そのものを探る鋭い問い。この答えによって、善か悪か、それとも異なるものかを判断するのだろう。カナデはボルドの眼光を正面から受けた。


は、安定した地位と名誉が欲しいです。あと爵位もお金も!」


 ――えっ?


 明らかにどもった変な声。カナデはそんなことは言っていない。そう、他の誰かが言ったのだ。だとすると……。


 ――あっ……。


 フェアリナが腹話術師のように、カナデの背後にピタリとついていた。そして、全く似ていないカナデの声真似をして、再び言葉を続けようとしていた。


「ほう。それが君の答えか、


 ドキッとしたように、フェアリナは激しい音を立てて立ち上がる。薄ピンクの髪が乱れ、彼女の動揺が伝わる。流石はボルド。カナデが言い訳をせずとも、全てを見抜いていたようだ。


「はい。俺は色んなものに満ち溢れた生活がしたいです!」


 ――まだ俺とか言ってるし。


 何ならまだ声がどもってるし。


「かははっ、君は正直者だな、フェアリナ君。それで、そこで黙って何も言わないカナデ君は、一体この学校生活に何を望み、そして将来何を願うつもりかな?」


 嘘を言っても彼には通用しないだろう。真実を言っても馬鹿にされるだけかもしれない。


 ――でも。


 カナデが現実世界で死を迎えた時の、大勢の大切な人たちを同時に失った時の、あの胸を掻き毟りたくなるような辛く歯痒い情動を、もう2度と繰り返したくなかった。


 ――だから。


「ボルド先生、僕は……」


 唾液を飲み込み、息を飲む。そして――。



 そう、それこそが、カナデが唯一求める力だった。


 ――あれ……?


 空気の変わったように、しんと静まり返る室内。ボルドとユリイナは、意外にも表情を曇らせている。カナデは何かとんでもないことをやらかしてしまったかと不安になった。


 と、今度はユリイナがワンワンと泣き始めた。あの気高くプライドの高そうな彼女が見せた思わぬ姿に、焦りながらも、カナデの胸は何故か打たれてしまう。藍色の髪が濡れるのも構わずに、彼女は両手で顔を覆っている。


 ――何故。


 どうして、彼女は泣くんだ? フェアリナもぽかんと口を開け、ユリイナの様子を不思議そうに見ている。


 そこで動いたのは、ボルドだった。

 

「聞いたか、ユリイナ。が、ぞ」


 ――えっ?


「はい……先生」


 頬を濡らし、涙声を響かせるユリイナ。カナデには訳がわからなかった。ただでさえ、女の子を泣かせたことなんてなかったから。


 でも思う。きっと辛いことがあったのだろうなと。だからこそ、カナデの言葉で、彼女の辛い過去を思い出させてしまったのだ。


 カナデはそんな彼女も守らなければと思った。


「入学おめでとう。君たち2人を、この聖ラファエリア魔法学校は歓迎する」


 その厳つい顔で、ニヤッと口元を緩めるボルドを見て、カナデたちはようやく安堵するのだった。



 ※


「それで時にカナデ君。その変な服は何だね?」


 ボルドの言葉で、カナデはフェアリナと顔を見合わせる。お互いの目が合うと2人とも動きがピタリと止まる。圧縮された時間の中で、忘れていたことを思い出したからだ。


 ――ああ。


 そう、カナデはあのケット・シーTシャツを着たまま、フェアリナと宿屋を飛び出したのだった。


「えっとぉ……」


 フェアリナが、彼女なりにカナデをかばってくれようとするが、悲しいかな言葉が出ないようだ。カナデは全てを諦めることにした。


ティオル・ロゼアーニャ朝までニャンニャンです」


 嘘は良くないし、人間、開き直ることも大事だ。もちろん、それが通じる相手ならなのだけれども……。


!!」


 ボルドの強烈な怒声に、カナデたちは逃げるように部屋を後にしたのだった。




 ※これにて第1章終了です。2章からは学校編です。引き続き、よろしくお願いいたします。

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