第17話 フェアリナ救出作戦③
「お前たちがラファエリアの生徒たちを殺したのか。向こうはイベントと思って、随分と手加減していただろうに」
カナデは静かに怒っていた。亡くなった生徒たちは、きっと学校の恒例行事ということで、カナデと戦うことを楽しみにしていただろう。新入生の強さを確認すると共に、自分たちのレベルの高さを知らしめたかったはずだから。しかし、この3人は、彼らの想いを見事に裏切り、その未来さえ容易に奪ったのだ。
「あはははっ、そうね。だって、面白そうなイベントの準備をしている割には、みんな弱いんですもの。聖ラファエリアの名が聞いて呆れるわ」
赤髪の女の子は、特段、悪びれる様子もなく、殺した生徒たちを嘲笑している。
「で、あなたも死にたいのかな、かなあ? って聞くまでもなく、あなたも死ぬんだけどねー」
黒髪ショートボブの眼鏡女子も、人を殺すことに、何の躊躇いもないようだ。いや、むしろ嬉々とした表情さえそこにあった。
「お前ら、どこの学校だ? どうしてラファエリアを陥れるような真似をする。ただ学校の名前を貶めるだけなら、ここまでする必要はなかったはずだ」
年齢や学校に容易に忍びこめたことを考えると、他校の可能性が高いとカナデは思う。そしてこの世界にも、政治的な意味での抗争があるのだ。
「ふふっ、それを言ったらおしまいでしょう? それこそ学園戦争が勃発すると思うのだけれど」
シャギーのきいた銀髪に同じく銀色の瞳、そして本来のスリムな姿を露わにした女は、その妖艶な声で、カナデを見ながら舌なめずりをしている。やはり、こいつらは狂っているなとカナデは思い、そっと右手の拳を握りしめた。
「お前たちがやっていることは、すでにそういう世界のことだと思うが? お前たち3人は、ラファエリアに、そしてこの僕に喧嘩を売ったってことだ」
語尾に少しずつ力が籠っていくカナデ。心を落ち着かせようとするが、言葉までは抑えることは出来なかった。
「あらあら、レベル1のあなたが相手をしてくださるわけ? それともラファエリア全体で相手してくださるのかしら? まあ、私たちはどんな相手が来ようが負けないから、どっちだっていいんだけれど」
不気味に笑う銀髪の女に、カナデは更に拳を強く握ってしまう。ギシギシと肉と骨が擦れる音が辺りに響いた。
――どっちでもいいか。
沸き起こる怒り。いなくなった人たちはもう戻らないのに。
「お前たちがどっちでもいいと言うのなら、僕もどこかに本気で戦える相手がいるのなら、誰だっていいよ。もし、本当にいるのならの話だけどね」
カナデは、木製のナイフを腰の鞘からひきぬいた。
「へ? 何? あなた、まさかステッキやロッドも持たず、それだけで戦おうというの?
レベル1のあなたが? この私たち影魔導士と?」
瞬きを繰り返す銀髪の女。予想外のカナデの反応に、対応しきれていないのだろう。彼女たちを憤慨させることも、カナデにとっては重要なことだった。ただ倒すだけでは、亡くなった人たちが報われないから。
「正直、僕としては、これも使いたくないくらいだ」
「じょ、冗談でしょう?」
「馬鹿にするにも程があるわ」
顔を真っ赤にし、表情を歪める銀髪の女たち。そんな3人に、カナデは追い撃ちをかけるように言葉を発したのだった。
「1分だけくれてやる。その間に僕を倒してみせろ。それが出来なければ、僕はお前たちを殺す」
これは脅しだ。だが、もしカナデの怒りが頂点に達したら、はたしてカナデは彼女たちに手加減が出来るだろうか。そしてもし、カナデの想像以上に彼女たちが強かったら、カナデは我を忘れてしまわないだろうか。
「あはははっ、あなた、すごいね。殺されるのがわかっているから、最後くらいは、女の子の前で、強がったり意気がったりしてみたいのかな?」
赤髪の女は、紫色のステッキをカナデに向ける。
「ねえねえ、やっちゃうよ? 皮も肉も骨も裂いちゃうよ? もう、止められないからねーきゃはっ」
眼鏡女子は、すでに詠唱を始めている。身体の周りに黒い光が集まっていることを考えると、影の攻撃魔法というところか。
「良かったわね。あなたは私たちの影魔法で、骨さえ残らないほど、徹底的に食い尽くされるのだから」
「御託はいい。もう10秒経ったぞ」
カナデは冷めた口調でそう呟いた。
「チナ、ユナ、こいつを殺しなさい!」
「はい、姉様! じゃあ行くよ、ユナ」
「オッケー、チナ」
赤髪と眼鏡女子が、目を合わせ、大きく頷く。そして2人から、黒い光が放たれた。
「
カナデの頭上から、無数の黒い槍が降ってくる。そしてそれはカナデの身体に次々と突き刺さっていく。カナデの身体は、黒い煙に覆われ、見えなくなった。
「かーらーのー」
銀髪の女の怪しい声がした。
「とどめよ。闇に背きし者よ、永遠の暗闇の炎に、その身を燃やせ、消し炭になれ! 超級魔法、
黒く染まったカナデの身体を、黒い炎が襲う。その炎は猛獣がカナデを食い尽くすかのように、縦横無尽に駆け巡り、やがては獣のような咆哮を上げる。
普通なら痛いのだろう。苦しいのだろう。叫びたくなるのだろう。しかし、カナデに浮かんだのは、彼女たちに対する幻滅だけだった。
30秒ほど経っただろうか。やがて、黒い煙や光は、涼しげな風と共に、カナデから消え去った。カナデの身体は当然、無傷だった。
「え……」
「何で……?」
「生きてるの……?」
3人は目の前の光景が、理解出来なかったようだ。目を飛び出さんばかりに丸くし、口をパクパクさせていた。
「その程度か?」
彼女たちを睨みつけ、カナデは呆れたように溜め息をつく。
「えっ、な、何がよ……」
カナデは木製のナイフを地面に向かって、激しく降り下ろす。
――ドガッ!!
突風が辺りを襲い、衝撃波となって、地面に突き刺さる。そしてそれは地面を割り、先が見えないほどの地割れの穴を作った。
「お前たちのいう強さはその程度かって聞いてるんだ!」
地割れを見てだろう。3人の身体は、急に震え始めた。
「な、なによ、あんた。なんで死なないの」と赤髪の女。「化け物……」と泣きながら尻餅をついているのは眼鏡女子。
「レベル1でしょう? 何で、レベル50より強いのよ……」
銀髪の女だけは、辛うじて正気を保っているようだった。
「レベル? そんな見た目だけのものにとらわれるから、本当の強さを見失うんだ。大切な人を失うくらいなら、僕はいくらでも強くなる」
「何よ、それ、反則じゃない……」
「残り10秒。覚悟は出来たか?」
カナデはすっかり黒くなってしまった木製のナイフを、頭より高く振り上げる。3人の目には涙が浮かんでいた。
生徒たちを救えなかったのも運命。目の前の3人を救わないのも運命。カナデはその運命に従い、その黒いナイフを振り下ろした。
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